「せーんぱい」
俺が振り返るよりも先に、俺の前に回ると微笑って見せた。
「何?」
またか。そんな感じの溜息を吐いてみせる。けど。
「また。そんな嫌そうな顔、しないでくださいよ。今日も、一緒に帰ろうかなって思っただけですから」
こいつは総てを微笑って受け流すと、俺の腕に自分のそれを絡ませた。瞬間、コートの向こうにいる部長の視線が気になったけど。
「大丈夫ですよ」
俺の目線に気づいたのか、彼は微笑うと部長の方に目をやった。俺たちを咎めようとしていたのだろう。眉間の皺を深くしてこっちに向かって歩いていた部長は、けれど足を止めると、違う方向へと歩き去ってしまった。
「ね。大丈夫でしょう?先輩はいちいち心配しすぎなんですよ」
笑顔で俺に視線を戻すと、彼は強く腕を引いた。その強引さに、溜息を吐く。
「何、溜息吐いてるんですか?」
「別に、毎日一緒に帰ってるんだから、いちいちこうやって言いに来なくていいし。俺も逃げないでちゃんと待ってるし。ってか、待ってるっしょ?だから、さっさと球拾いに戻ってくんない?俺、これからコート入んなきゃなんないんだけど」
「相変わらず、皆の前では冷たいんですね。……ねぇ、リョーマ」
「っ。だから、学校に居る時は先輩って言っ……」
「……はいはい。すみませんでした。越前先輩」
浮かせてた踵を地に付け言うと、彼は俺を見上げてニッと微笑った。その額を、コツンと小突く。
「生意気」
「僕を前に、隙を見せる先輩が悪いんですよ。そんなだから、いつも……ねぇ?」
額を擦りながら、全く悪びれた様子も無く言うと、彼はクスクスと微笑った。その顔に、思わず頬が赤くなる。
「ほんっと、生意気。周助のクセに」
「今は、不二、ですよ。越前先輩」
「っこの…」
「じゃ、僕は先輩命令に従って球拾いにでも行ってきますよ。あ、今日、僕、掃除当番ですから」
「分かってる。ちゃんと待ってるから」
「別に待ってなくてもいいですよ。その時は、先輩の家に押しかけるまでですから」
後ろ向きに歩きながらそう言って不敵に微笑うと、彼は俺に背を向け球拾いに行ってしまった。
こうして見ると、見なくてもだけど、彼は自分よりも遥かに小さい。二つも歳が違うんだから、当たり前だ。もう十年くらい経てば二つの歳の差なんて気にならなくなるんだろうけど、今は大きすぎる差。
なのに。そんな彼に毎夜のように翻弄されて。仕舞いには安らぎすら覚えているなんて。
「……ホント、周助のクセに生意気」
真面目に球拾いをしているその横顔に、呟く。だけど、それは決して悪くないから。俺は溜息を吐いた後で、口の端だけを歪めて微笑った。
「で。周助のクセに生意気、って寝言なんだ」
「……だって、しょうがないっしょ。夢ん中だって、気付かなかったんスから」
「まぁ、いいけど。……ね、そうだ。リョーマ」
「なん、スか?」
「先輩の僕と、後輩の僕と、どっちが良かった?」
「どっちって言われても…。夢ん中でもあんたはあんただったっスから」
「何だ、残念。てっきり、先輩(ホンモノ)の僕の方がいいって言ってくれると思ったのに」
「……別に、先輩でも後輩でも、不二周助は不二周助だろうから、どっちでも良いけど。でも俺は、現実が、いい」
「うん?」
「現実の周助がいい。夢ん中じゃなくて。ねぇ、これは現実っスよね?」
「………現実だよ。何なら、痛みを感じるかどうか、匂いや味を感じるかどうか。これから確かめてみる?」
「いいっスよ。けど」
「けど?」
「確かめるのは、匂いとか味だけでいいっスからね」
「はいはい。優しくしてあげますよ。越前先輩」
「っ」
「なんてね」
「バカ周助っ」