風邪


 風邪をひいた。それも三十九度の高熱を出して。多分、大会が終わって、緊張が緩んだ体と思う。そんなわけで。昨日から学校を休んでいる。
 それにしても。
「暇」
 頭はぼーっとするけど。昨日から寝っぱなしで、眠れない。だからといって、ゲームをしたりとか本を読んだりとかする気力はない。ホントに、暇。
「……バカ周助ぇ」
 何度呟いたか知れない言葉を、また呟く。枕元にある携帯は、真っ暗なままだ。
 何でだろ。どうして、俺を無視するんだろ。
 授業中だったら分かるけど、もう放課後の時間だし。部活はあるけど、周助は引退したし。
 いつもは直ぐに返事が来るのに。こういう時に限って返信が来ない。というか、見舞いにすら来てくれない。今までだったら、俺が風邪ひいたら、嫌だといっても無理矢理看病をしに来たのに。
 付き合い出した安心から?まさか。そんな。あの人に限って、それはない。だっていつも、慣って嫌だよね、って言ってるのに。
「うーっ」
 携帯を持っていた手を下ろし、額に乗せる。絞り方が甘かったらしく、腕の重みで額にあったタオルから水が流れてきた。上手い具合に伝って、耳に入る。
 最悪だ。
「バカしゅ…」
 周助、と言おうとしたら、手が震えた。慌てて、携帯を見る。
 メールだ。
「って。何だ。桃先輩か」
 何だはねぇだろ、何だは。そんな言葉が聞こえてきそうで。俺は微笑った。ありがとうございます。心の中で呟いて、メールボックスを開く。そして、そこに書いてあった内容に、うっそ、と俺は思わず呟いた。
 あの人が?そんな。まさか。
 信じられないけど。こんな時に桃先輩が冗談を言うわけがないから。俺は簡単な返信メールを送ると、アドレス帳を開いた。電話をかける。
「……リョーマ?」
 聞こえてきたのは、桃先輩の言う通り、ダルそうな周助の声。
「あー…。メール、返信しなかったの怒ってる?ごめんね。今ちょっと、忙しくてさ」
 黙ってることを、怒っているのだと思った先輩は、慌てたようにいつもの口調で言った。嘘吐き。思わず、呟く。
「嘘じゃないよ。本当はお見舞いも行きたかったんだけど。ごめんね。色々、忙しくて」
 あくまでも、忙しいからだと言い張る周助に、俺は勝手ながら少々苛立ちを覚えた。
「嘘吐き。じゃあ何スか?その声は。さっき桃先輩からメールあったんスよ。アンタが風邪ひいて昨日から休んでるって」
 まくしたてるようにして言う俺に、周助は暫く沈黙した後で、ごめん、と落ちこんだ声で言った。そのことに、俺も平静を取り戻したけど。謝ることはせず、そのまま周助の言い訳を待った。
「メール、昼に気づいたんだけど。まだ授業の時間だったし、直ぐに返したら変に思うかなって思って。そしたら、そのまま寝ちゃって」
「……変に思うって?」
「うん?」
「だから、直ぐに返信したら俺が変に思うかなってって。どういう意味?」
「ああ。だから。僕が風邪引いてること、知られたくなかったんだ。だって、リョーマも風邪引いて大変なのに」
 僕が風邪だって分かったら心配しちゃうかなって思って。今にも消えそうな声で言うと、先輩は激しく咳き込んだ。どうやらこの人、俺よりも重症らしい。いや、そうともいえないか。俺は鼻や喉に来てないかわりに、熱が酷い。
「バッカじゃないっスか」
「え?」
「アンタが風邪ひいたからって、俺がアンタの心配なんてしないっスよ。それよりも、アンタから何の返信も来ないほうが、心配、するっス」
「………ごめん」
 なんか、とんでもないことを言ってしまったような気がするけど。周助はそれについて何か言うことなく、謝った。いつもの自信のある、からかうような謝り方じゃなくて。弱々しい声で。本当に、この人、重症なんだ。
「リョーマ、大丈夫?」
 それでも。出来る限りの優しい声を作ると、先輩は言った。
「あとは熱が下がればいいだけっスから。明後日には行けるかと」
「そう。良かった」
 良かったって。良くないと思うんだけど。
 とは言え、俺は周助を心配してないって言っちゃったから、大丈夫なのかどうかとか、ちょっと気になるけど、訊くことは出来ない。いや、多分、あんな状態だから、訊いても大丈夫なんだろうけど。なんかそれも面倒だし。
「あー…、ごめん。そろそろ、切ってもいいかな?ちょっと、声出すのが、辛くなってきた。メール、なら、大丈夫だから」
 ホントごめんね。何度訊いたか分からない、ごめん、を繰り返す。しょうがないっすね、と渋々といった感じで言うと、周助はもう一度、ごめん、と呟いて電話を切った。
 暫く、電子音を聞いてから。携帯を閉じる。と、メールが一通、届いた。
「……あ」
 風邪、俺よりも辛そうだったのに。さっきまでの電話の口調とは違う、いつもと変わらない文章に、少し悪いと思ったけど、俺は微笑ってしまった。
「でも。同時に風邪ひくくらいじゃ、シンクロとは言えないっスよ」
 同時に風邪ひいて、同じような症状で、同時に治る。くらいのこと、しなきゃ。
 微笑いながら、メールを打ち送信する。それが届いたのを確認すると、携帯を閉じ、枕元に置いた。
 少し、話して。不満が消えたからなのかもしれない。急に睡魔が襲ってきて。震える携帯に悪いとは思ったけど。俺はそのまま、深い眠りについてしまった。





365題『風邪をひいた日』のコメントから。
つぅわけで。おまけ。翌日(↓)
「おはよ、リョーマ」
「はよーっス。って。え?」
「うん?」
「いや、だって、風邪…」
「うん。あのあとね、幾ら待ってもリョーマから返信が来なかったから、寝ちゃったんだけどさ」
「……すみません」
「いやいや。いいよ、あれは。どうせ、寝ちゃってたんでしょう?」
「っス」
「でね。寝ちゃったら、何故、治っちゃったみたい」
「…………」
「リョーマも、もういいの?」
「……まぁ。熱は、下がったし」
「ね。同じ症状じゃなかったけど。同時に風邪ひいて、同時に治ったんだよ?やっぱり僕たちは、シンクロしてるよね」
「………ってか」
「うん?」
「風邪ひいたのって、アンタのせいなんじゃないっスか?」
「?」
「だって、アンタの家に泊まってからっスよ。体調可笑しくなったのは」
「…………いや、それは、大会の疲れが出たんじゃないかな?」
「でもそれにしたって、同時に風邪ひくなんておかっ…」
「…ね。まぁ、いいじゃない。治ったんだし」
「けど…」
「まだ言うようなら、もう一回、キスしちゃうよ?」
「…………別に」
「うん?」
「キスは嫌じゃ、ない、し」
「…………えーっと」(額を重ねてみたり)
「何、してんスか」
「いや、リョーマ、もしかしてまだ熱があるのかなって」
「………熱なんかないっスよ。バカっ」
……オマケにしては長すぎた……。
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