Virus |
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吸血鬼という化け物の話を聞いた。 そいつは弱点は多いけれど、無難に暮らせればほぼ永遠の命を有する人間の姿をした化け物らしい。他の生物の姿をとるときもあるけれどそれはあくまで自分の意思であって、俺みたいに勝手に変身してしまうのとは違う。 うらやましい。その話を聞いたとき、思わずそんな言葉が浮かんだ。そのまま声になって口から漏れる。 「うらやましい」 「どうして」 聞こえていないと思ったのだけれど、周助はしっかりと俺の言葉を拾っていた。何故か辛そうな表情で俺を見つめてはもう一度、どうして、と尋ねてくる。 けれど俺は周助の疑問に答えられなかった。うらやましいとは言ったけれど。本当にそう思っていたのかどこらへんをそう思ったのかがよく分からない。 永遠の命なんて欲しくない。どうせこんな体質で生き延びたってどこまでも惨めな思いをするだけだろう。だったら自分の意思で変身出来ることだろうか。それなら俺は変身なんかしない。異形の体なんて欲しいとは思わない。 だったら何をと混乱する頭で周助の胸に寄りかかった時に気が付いた。俺が吸血鬼の何をうらやましいと思ったのか。 ずっと握っていた周助の指を解いて、青白く照らし出されている首筋に触れる。指先でその形を確かめるように何度か往復させた後、俺はそこに噛み付いた。突然の俺の行動に周助が僅かばかり声を漏らす。 「何。吸血鬼の真似かい」 「うん」 素直に頷いて顎に力を入れる。幸か不幸か今日は満月が近く犬歯が普段よりも鋭くなっていたため、容易に皮膚に穴を開けることが出来た。口を離すと俺の唾液で濡れているそこからじわりと赤い色が染み出してくる。 「血が飲みたい」 「別に。結局俺は吸血鬼にはなれないって確認しただけ。少し希望はあったけど」 「そう」 明らかに足りない俺の言葉なのに、周助は軽く頷くと俺の後頭部に触れては抱き寄せた。俺の唇が周助の血液で僅かに色づく。 吸血鬼は人間の血を吸うことで、その人間を自分と同じ体質に変えることが出来る。更にその相手を操ることまで出来るようだけれど、俺はそこまでの能力は要らない。実をいえば仲間を作る能力すら要らないのかもしれない。 俺が欲しいのはただ、周助と共にいられる時間。 人間の平均寿命というのは周助から聞いて知っている。それから考えると周助が死ぬまでには後50年以上はある。それは俺にとって長いのか短いのかよく分からない。人狼はどれくらい生きられるのなのか。もし俺が人間の突然変異のようなものだとしたら寿命は短くなるだろうし、ただ姿が人間に似ているだけの全くの化け物なのだとしたらその寿命はもしかしたら吸血鬼のように長いのかもしれない。 「窓、閉めようか」 誰もいない街を独りで延々と歩いているような、そんな映像が浮かんで身震いした俺に周助は優しい声をかけてきた。頷きかけて首を横に振る。 「寒いわけじゃないから」 「じゃあ、何」 怖いだけ。そうは言わずに俺は周助の首筋に噛み付いた。舌で何度も傷口を舐め上げて鉄臭いその味を口の中に広げていく。 どっちにしても俺は人間じゃないから、それなら吸血鬼みたいに周助をこちら側に引きずり込めたらいいのに。そうなったら周助は酷く悲しむだろうけれど、それでも俺は周助が居ない世界で生きていくことは考えられない。 「吸血鬼だったらよかったのに」 「狼だって可愛いじゃないか」 「そんなの、要らない」 呟いてまた別の場所に穴を開ける。 幾ら噛み付いても幾ら血を飲み込んでも俺は吸血鬼じゃないのだから、周助の生が永遠になるなんてことはないのだけれど。それでも俺はどうしても、今夜は吸血行為というのを止めることが出来なかった。そこに欠片も希望がないと分かっていても。 |
人間同士であっても死を共にすることは出来ないのだから、尚更。 |
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