chocolat
「不二先輩。おたんじょーび、おめでとーございます」
 図書館に入った途端、棒読みのセリフとともに、僕の前に立ったリョーマが両手に提げていた紙袋を差し出してきた。
 その突然さと態度に疑問は持ったけれど、彼からのプレゼントを貰わないわけには行かないので、僕は笑顔でそれを受け取った。もちろん、ありがとう、と言うのも忘れない。
「やっぱり、もらうんだ」
「え?」
「チョコは貰わないって言ってたくせに。嘘吐き」
 そういって僕を睨みつけると、彼はさっさと踵を返してカウンタに戻ってしまった。訳が分からず、彼から渡された紙袋を見下ろす。その口から覗く幾つモノ小さく回らしい箱に、僕はようやく合点がいった。
 どうやら、バレンタインのチョコレートを僕が受け取らないことを知っている女の子たちが、誕生日のお祝いも含めたプレゼントを彼に手渡していたらしい。
 確かに、誕生日なら部員からのプレゼントを僕は何の疑問もなく受け取るか。
 よく考えるよ。全く。そうやって無理矢理に渡したところで、気持ちが繋がらないことは分かってるはずなのに。
 それでも想いを伝えなければ気がすまない女の子たちを思って、僕は苦笑した。その中には、僕も人のことは言えないなという気持ちもあった。
 僕だって、繋がらないって分かってるのに、リョーマに告白したし。
 もっとも、僕の場合はどういう奇跡か想いは繋がってくれたのだけれど。
「リョーマ」
 呟いてカウンタを見やると、目が合った彼に思い切り目をそらされた。
 無視を決め込むのなら徹底的にやればいいのに。結局僕を気にしているところ当たりが、愛おしいと思う。
 でも、考えてみればそれは当然のことなのかもしれない。そうでなきゃ、他人からのプレゼントを受け取ったくらいで機嫌を損ねるはずがない。
 愛されてるんだな、僕って。
 思わず笑いが零れてしまいそうになるのを堪えて、カウンタの前に立つ、けれど、声を抑えることは出来ても、表情までは制御出来なかったらしい。
「なに笑ってるんすか。あ、そっか。よかったっすね。たくさんの女の子からプレゼントもらえて」
 僕を睨みつける彼はそう言うと、頬杖をついて再び窓の外へと視線を移してしまった。年齢よりも幼く見えるその行動と表情に、今度は耐え切れず声がもれる。
「人の顔見て笑わないでくれませんか。迷惑なんスけど」
「ごめん、ごめん。リョーマが余りにも可愛いからさ」
「誰がかっ……」
 僕の言葉に勢いよく反論をしようと開いた彼の口に、人差し指をそっと押し当てる。しーっ、と声を立てると、彼は周囲を見回してから僅かに持ち上げていた腰を下ろした。パイプ椅子の軋む音が図書館内に響く。
「てっきり、リョーマからのプレゼントだと思ってさ。もしこれが、女の子たちからだって分かってたら、勿論貰わなかったよ。それとも、今からリョーマに返そうか?」
 どん、と鈍い音を立てて紙袋をカウンタに置く。それを彼に向けて押しやると、間髪いれずに押し返された。
「返されても、迷惑なだけだし」
「じゃあ、捨てればいいのかな?」
「……何も、捨てなくても。ってか。……から」
 それまで僕を睨みつけていた彼が、突然紙袋の陰に隠れるようにして顔を伏せた。え、と聞き返す僕に、彼は押し返したはずの紙袋を引き寄せては、そこに額を当てた。
「だからっ。オレからのプレゼントも、入ってる。から」
「この、中に?」
「どうせアンタ、部活なくて退屈なんスよね。だから。探して、みれば?」
 もしかしたら、最初に僕に紙袋を渡した時に言うべきセリフだったのかもしれない。紙袋に向かってだったから、酷く聞きづらくはあったけれど。彼の台本が在るんじゃないかと思えるようなセリフは、たどたどしくもしっかりと僕の耳に届いた。
「そうだね」
 彼の額に触れている紙袋を横にずらし、その顔を覗きこむ。案の定、そこには耳まで真っ赤にした彼がいた。
「リョーマが部活に行ってる間に探しておくから。だから、今日は一緒に帰ろう?」
 温かくなっている彼の頬に触れ、そう言うと、僕は紙袋に隠れてその唇にそっと触れた。




「ショコラ」と読んでいただけたら。
不二ファンの人たちは色々考えるよなぁ。
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