温度(月夜シリーズ)
 周助が倒れた。酷い熱で、会社で業務中に倒れたらしい。
 どうして体調不良を理由に欠勤しなかったのかと、周助のベッドの周りに集まった人たちは次々に口にした。周助はそれについては明言することなく、ただ曖昧な返答ばかりをしていた。
 俺はそれを、クロゼットの中で息を殺して聞いていた。
「リョーマ。もう出てきていいよ」
 切れ切れの声。念のため耳を澄まし、他に誰の気配も感じないことを確認してからクロゼットを出る。
「悪かったね」
「俺が勝手に隠れただけだから」
「旅行」
 てっきり今の行動のことかと思っていた俺は、とっさに何も返せなかった。本当は、気にしていないと言うようなことを言わなければならなかったのに。
 周助が、旅行をしようと言った。俺は何も考えずすぐに頷いた。日程は新月前後で、それは明日からだった。
「仕事忙しかったのに、どうして」
「忙しいからこそ、リョーマと何処かに行きたかったんだけど。駄目だね」
 力なく微笑む周助に、今度こそ首を横に振った。
「新月なんて毎月くるから」
 そう。口の中で頷いた周助は、どうしてか淋しそうで。俺は、強がらずに残念がればよかったかもしれないと思った。
「リョーマ。鎖、外そうか」
 浅はかな自分が情けなくて俯いていると、手招きをされた。どうしてと聞くと、君は暫く別の部屋で寝るんだ、と言われた。
「どうして」
「風邪がうつるといけない」
「嫌、だ」
 首輪に伸びてきた手を避けるように後ずさり、首を振る。それから俺は、周助に近づいた。ただ近づくだけじゃない。毛布に潜り込んで、視界がぼやけるほどに密着した。触れ合った部分は、唇までも熱い。
「リョーマ」
「俺、狼だから。多分、大丈夫だから」
 人間の病気なんて、かかるわけがないから。耳元で呟いて、強く周助を抱きしめる。
 本当は、新月に近づくほど体は狼から人間に成っていくから、もしかしたら風邪がうつるかもしれなかった。けど、それでもよかった。周助からうつされるのなら、それだけピッタリとくっついてたっていうことに成る気がするから。
「リョーマの体、冷たくて気持ちいい」
 暫くしてそう囁くと、周助はようやく俺の背に手を回してくれた。けれどその力は頼りなく、体も微かに震えているように思えた。
「寒いの」
「熱、あるからね」
「ごめんなさい」
「どうして謝るの」
「俺、周助を温められないから」
 人狼なんて中途半端なものじゃなく、本当の狼なら良かった。それならふわふわの毛で、周助に寄り添って温めてあげられるのに。ごめんなさい。言っていることとは反対に周助を強く抱く。すると、耳たぶに柔らかな息がかかった。僅かに体を離すと、周助の口元が緩いカーブを描いていた。
「あったかいよ、リョーマは」
「でも、周助の体のほうが熱いよ」
「体じゃなくて、心だよ」
「心」
「そう、心」
 リョーマの今の気持ちがとっても温かかったから。僕の心も今とっても温かくなった。
「ありがとう」
 俺の頬に手を触れて、周助が微笑む。
 心に、存在しないものに温度なんてあるのだろうか。疑問に思ったけれど。そういえば今まで俺を化け物と畏怖してきた奴等の視線がとても冷たかったことを思い出した。それから、微笑みながら俺を見る周助の視線がとってもあったかいことも。
「じゃあ今日も一緒に寝ていい」
「いいよ。一緒に寝よう、リョーマ」
 ただ、今日は本当に寝るだけになるけど。耳元で囁いて、意地悪く周助が笑う。
 そのことに、赤くなってしまったことが悔しくて。いつも我慢できないのは周助のほうじゃん、と呟き返すと、そうだね、素直に頷いた周助は俺の頭を抱き寄せて体の芯まで熱くなるほどのキスをしてきた。




一体何年ぶりに書いたのかと言うくらいのシリーズなので、キャラはつかめているものの、ここに流れる独特の空気が上手く出せなくて残念です。自分の話なのに。
精進します。
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