「………ん。」
夕暮れ時。唇を離し、額をぶつけると、二人で微笑った。
不二はやたらとキスをしたがった。流石に、オレが嫌がるので、公衆の面前ではしてこなかったが。少しでも隙を見せると、すぐ唇を重ねてくる。触れるだけのものから、深いものまで。奴にとって、密度は関係ないらしい。触れ合っていることがいいんだ、と微笑って言っていたことがあった。
「手塚とのキスってさ。甘いよね」
独りごちるように言う。何を言ってるんだ、と呆れて見せると、奴はオレの反応に満足そうに微笑った。
「ほら、キスってさ。檸檬の味だとか言うじゃない?でも、君とのキスの味は苺の味がするんだよね。癖になりそうなくらい甘い味。」
クスクスと微笑いながら、奴は再び口付けた。2,3度ついばむようにしてから、深く、唇を重ねる。まるで、味わうかのように。
「……っん…ば、か。」
そのまま押し倒し服のボタンに手をかけようとする奴を、オレは何とか引き剥がした。離れた唇からは、名残惜しそうに糸が垂れている。
「お前、ここが何処だか解かっているのか?」
少しだけ乱れた息を、整えながら言った。
「解かってるよ。ここは神聖なる青学テニス部の部室。でしょ?」
言って奴は微笑って見せた。
…何処が『神聖なる』なんだか。
「お前はその『神聖なる部室』で、今、何をしようとしたんだ?」
「さあね。君は何をされると思ったの?」
「………。」
「ごめんごめん。冗談だよ」
微笑い、奴はまたオレの唇に触れた。唇を離すと、オレの手をとり、身体を起こす。
「こんなところ、誰かに見られたら大変だもんね」
辺りを見廻しながら、わざと、からかうような口調で言う。オレが人の目を気にしているのを、奴は知っているんだ。
「でも、キスだけならいいでしょう?」
オレの右手に左手を重ね、奴は口付けた。右手でオレの頬にそっと触れる。
「手塚。顔、熱いよ?」
キスだけで感じちゃった?と奴は微笑った。オレは奴の手を取ると、自分から口付けた。
「…お前の手が冷たいんだろう?」
オレの行動に少し驚いたようだったが、すぐにいつもの笑みを見せると、オレの左手を自分の頬にあてがった。
「違うよ。手塚の手は、こんなに、冷たい。」
オレの手に口付け、ゆっくりと指先へと唇を滑らすと、そのまま指を口へ含んだ。
「……っ。」
甘噛みされ、小さな声が漏れる。奴はそれに眼だけで微笑って見せると、指を解放した。けれど、手は離すことなく。両手を塞がれたオレは、奴の促すままに、口付けを受けた。
「……お前は、キスが好きなのか?」
首筋に奴の吐息を感じながら、オレは言った。顔を上げた奴は、優しく微笑った。
「うん。好きだよ。もしかしたら、セックスよりも好きかもね」
さらりと言ってのける奴に、逆にオレの方が恥ずかしくなり、眼を逸らしてしまった。
「手塚は?嫌い?」
耳元で囁かれ、悔しいが、少しだけ身体が反応する。
「……それは、どっちについて訊いているんだ?」
「両方。」
オレの心情を読んだのか、クスクスと笑いながら、奴は言った。そのまま、耳朶に舌を絡め、甘噛みをしてくる。
「っらい、じゃない」
辛うじて、甘い声が出ないように答える。
「そう?じゃあ…」
奴は妖しげな笑みを浮かべると、唇を重ねてきた。両手を抑えられたままの状態で、オレはゆっくりと後ろに倒された。
火照りはじめた身体に、コンクリートの床が酷く冷たく感じる。
「っつ…だから、お前、ここが何処だと……んっ。」
抗議を上げるオレに、奴は、抵抗できなくなるくらいの甘い口付けをしてきた。唇を離されたオレは、朦朧とした意識で奴を見上げる。
「大丈夫だよ。もう部活は終わってるんだし、誰も来ないって。それに…」
オレを見つめたままで、奴は身体の線をなぞりながら、服のボタンを外していく。
「『神聖なもの』を汚すのって、結構好きなんだよね」
愉しそうに微笑って見せると、奴はまた口付けた。オレは眼を閉じてそれを受け入れると、これから与えられるであろう快楽に身を預けた。
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