ザー。
映画が終わり、現れる、砂の画面。それは、孤独の色。孤独の音。
「……うるさい。」
僕の身体に触れた温もりと共に、寝ぼけた声が聞こえてくる。
「あ。ごめん。起こしちゃった?」
彼の腕を取り、触れるだけの口付けを交わす。
「何をしていたんだ?」
仰向けの状態で僕の左手に自分の左手を絡めると、彼はその手に口付けた。僕は視線を砂嵐に戻す。
「映画。さっき終わったところだよ。…可笑しいな。TVの音は上げてないんだけど」
何故、彼は眼を覚ましたのだろう。
「見ていないんだったら、消せ。その雑音は嫌いだ」
冷たく言い放つと、彼は手を離し、僕に背を向けるようにして横になってしまった。
雑音、ね。
「僕は結構好きなんだけどな。砂嵐。」
呟くと、TVはそのままに、僕は彼を後ろから抱きしめた。
「好きだよ、手塚。大好き」
呟くたびに切なさが募る。胸の痛みを誤魔化すように。強く、強く、抱きしめる。
「……不二?」
「ねぇ。手塚は?」
振り返ろうとする彼を制するように、僕は耳元で囁いた。
「………好き、だ。」
照れているのか、呟くように言うと、彼は自分に回された腕をキュッと抱きしめた。
この腕の中にいるのは、愛しいヒト。僕の、大切なヒト。どこまでも純粋で、真っ直ぐな…。
「ねぇ、手塚。君はどうして僕を選んだの?」
僕の言葉に、彼の腕が緩む。
「君は綺麗なモノばかり集めて暮らしてたはずだ。それなのに、何故、僕を選んだの?」
「………。」
沈黙。耳に入ってくるのは、彼が『雑音』と称したTVの音だけ。彼の嫌いな音。
無駄の無い人生を歩む、完璧な男。それが手塚国光だと思う。汚いモノ、余計なモノを嫌い、綺麗なモノばかりを見、生きている。悪く言えば世間知らず。けれど、僕にはそれが眩しく映る。自分の信念に忠実な、真っ直ぐな生き方。何も無い僕には、到底、真似出来そうに無い。
だから、彼に魅かれた。
でも、どうして彼が僕を好きになってくれたのか。その理由だけは未だ解からない。
ずるくて、汚くて、全然綺麗なんかじゃない。彼とは正反対の自分。信念なんてもっていない、薄っぺらな存在。そんな僕を、どうして彼は選んだのだろう…?
突然、雑音が消え、部屋が暗くなった。窓から差し込んでくる月明かりを頼りに、彼を見る。
「リモコン…」
「お前は…オレがお前を選んだことが不満なのか?」
僕の手の届かない所へTVのリモコンを置くと、僕の腕を解き、向かい合うようにして寝返りを打った。痛いくらいに真っ直ぐな眼が、僕を捉える。
「不満なわけ、ない、よ。ただ、理由が知りたいと思って」
言って、微笑ったつもりだけど。多分、上手く微笑えてない。彼の溜息がそれを物語っている。
「理由が無いといけないのか?」
厭きれたように、言う。確かに理由なんて要らないんだけど。どうしても解せないんだよ。
「だって。君と僕とは住む世界が違う。正反対の位置に居る人間なんだよ。君は綺麗で真っ直ぐで…。だから、一緒に居ちゃいけないんだ。僕なんかと一緒に居ると、君まで穢れっ…」
僕の言葉は、そこまでで途切れた。彼が、僕の口を唇で塞いだから。
「っ痛。」
痛みと共に、唇が離される。驚き、彼を見ると、その口元には緋い色。
「それ以上言うと、その舌、噛み切るぞ」
言って自分の口元を拭うと、僕の唇から流れる血を舐めとった。初めて見る、積極的な彼。
「オレはお前が好きで、お前もオレが好き。それでいいだろう?」
額を合わせ、彼が微笑う。僕は、なんて答えたらいいのか。言葉が、見当たらない。
「……それとも。お前はオレが好きではないのか?」
黙っている僕に、彼が少しだけ不安そうな顔をする。
「…そう、じゃない。そうじゃなくって…」
やっとの事で言葉を搾り出すと、僕は彼を強く抱きしめた。彼が戸惑いながらも僕の背に腕を回す。
「僕はきっと君を傷つけてしまうよ。苦しいほど君を愛しているから。僕の醜い独占欲で、君を…」
殺してしまうかもしれないから。
「……不二。」
そう、永遠なんてこの世には存在しない。変わらないものなんて何処にもない。言葉も、温もりも、そして真実さえ変わってしまう。『ずっと』なんて約束をしても、君はいつしか僕から離れて行くんだ…。
「そろそろ、終わりにしないと。本当に…」
僕は君を殺してしまうよ。
「終わり?何のことだ?」
耳元で、彼が問う。僕はそれに答えない。
手を伸ばしリモコンを取ると、TVを点けた。砂嵐。ヴォリュームを上げる。彼の嫌いな、僕の好きな雑音が部屋中を満たす。
「ねぇ。どうしてヒトには淋しいなんて感情、在るんだろうね。独りきりで生まれてきたのに、いつから孤独が怖くなるんだろう」
「何?不二、聴こえなっ…」
「好きだよ」
彼に聴こえるように言うと、唇を重ねた。心地いい雑音の中に、もうすぐ訪れるであろう終幕を見たような気がした。