「……ん。」
肌に寒さを感じ、オレは眼を醒ました。温もりが感じられなくて、慌てて隣を見る。そこにあったのは、空白。
「ああ。手塚。起きたんだ」
何の感情のない声が聞こえて、オレは身体を起こした。
「……不二。」
その名の主は、先程までの熱い視線とは逆に凍るようなそれを、オレに向ける。
「……もう、行くのか?」
寒さを補おうと、シーツで身体を包むと、オレは訊いた。
「うん。」
不二はオレから視線を外し頷くと、淡々と服を着始めた。オレの気持ちは、知っている筈なのに。
いつもそうだ。こいつはオレの気持ちなど全く考えない。この行為だって、オレが誘ったからなだけで、こいつには何の意味も持たない。不二が想っているのは、ただひとりの事だけ。
「行くな。」
オレは腕を伸ばすと、不二の手を捕った。おもいきり自分の方に引き寄せ、抱きしめる。不二は、受け入れるのでも拒否するのでもなく、そのまま、オレに身体を預けていた。
「……好きだ。だから、ずっとそばに、居て、欲しい」
不二の身体をきつく抱くと、耳元で囁いた。暫くの沈黙の後、小さな溜息が聞こえた。不二はオレの腕を取ると、身体を起こした。服を調えると、侮蔑を含んだような眼でオレを見下ろす。
「……馬鹿かい?君は」
「………」
「初めに言っただろ?僕が想っているのはただひとりだけだって。君もそれを承知の上だった筈だ。なのに。今更、傍に居て欲しい、だって?」
言うと、不二はクスクスと声を立てて哂った。侮辱されているのにも関わらず、それでもオレは、不二を愛しく想う。
初めは言葉を交わせるだけでもいいと思った。次は笑顔が見れたら。触れることが出来たら。そして今は…。オレだけを想い、オレだけを見ていて欲しいと想う。止められないほどの独占欲。ここままだと、気が狂いそうだ。いや、もう狂っているのかもしれない。
「…好きなんだ。」
言うと、オレは再び不二の手を取った。が、今度はあっさりと払われてしまった。
「知ってるよ。でも、だから、何?」
いっそう冷たさを増した声が、頭上から降りてくる。オレは何故か目の辺りが熱くなり、俯いた。感情が昂ぶると涙が出てくると何処かで訊いた事があったのを思い出した。
「僕に好きだと告げて。君は僕に何をして欲しいんだい?」
「何って。…だから、その…」
オレだけ愛して。
言おうとして、オレは顔を上げ、不二を見つめた。だが、上手く言葉にならなかった。そのかわりに出てきたのは…。
「………君は本当に可愛いね」
口元に笑みを浮かべると、不二はオレの頬を伝うものを拭った。呆然と見上げるオレに、口付けをする。その甘い感触に、オレの身体は再び火照りはじめた。このまま、もっと不二の熱を感じようと、その首に腕を回した。途端、離される唇。
「……不二?」
「そろそろ行かないと。リョーマが待ってるんでね」
『リョーマ』という名前に、オレは顔を歪めた。その反応を見逃さない不二は、愉しそうに微笑う。
「どうしても。オレじゃ駄目なのか?」
冷たい眼に見つめられ、オレは徐々に苦しくなっていく胸を抑えた。不二の手を捕ろうと、腕を伸ばす。が、逆に、オレの手を不二に捕らえられてしまった。
「うん。僕が好きなのはリョーマだけだからね」
そう言って、見下ろした不二の眼には、恐らくオレは映っていない。行為の最中に時々見せる眼。不二はオレの向こうにいつも越前を見ている。
「…哀しい?」
囁かれた言葉に、オレは黙って頷いた。それを見て、満足そうに不二が微笑う。
「そう。……じゃあ、」
言いかけると、不二はオレの腕を引き、唇を重ねた。
「…っ痛」
突然の痛みと、口の中に広がった血の匂いに驚いて、オレは唇を離した。笑みを浮かべた不二は、自分の口元についた血を舐めとる。
「……何の、つもりだ?」
息を整えると、オレは口元を拭った。微かな血液が、腕に付着する。
「あんまり君が可哀相だからさ。僕の印をつけておこうと思ってね」
愉しそうに言うと、不二はオレをベッドへと突き飛ばした。呆然と天井を見上げたオレの耳に、ドアノブをひねる音が聞こえた。オレは慌てて起き上がると、不二の背中に問いかけた。
「…不二。やはり、行くのか?」
「うん。気が向いたら、また遊んであげるよ」
振り返らずに言うと、不二はさっさと部屋を出てしまった。
「………不二。」
取り残されたオレは、脱力したようにベッドに横たわった。微かな温もりを求めて、寝返りを繰り返す。唇についた傷にそっと触れてみた。確かに感じる痛みが、先程まで不二がここに居たというたったひとつの証拠。けれど。この傷もいつかは消えてしまう。その前に、不二の気が向いてくれればいいのだが…。
「オレのことだけ愛してくれないか…」
呟くと、視界が滲んだ。
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