静寂。もう何時間続いたか知れない。それを打ち破ったのは、何かが窓を叩く音。オレは読んでいた本を閉じると、カーテンを開けた。
「雨、降ってきたんだ」
突然背後から聞こえた声に驚いてオレは振り返った。
「そうみたいだな」
てっきり、寝ていると思っていたのだが。
不二と眼が合う。逃れたばかりの静寂にまた捕まりそうな気がして、オレは窓の外へと視線を戻した。
「これじゃあ、暫く帰れそうにないね」
机に座り、背後からオレを抱きしめる。
「傘くらい、貸すぞ」
オレは回された腕にそっと触れる。
「馬鹿だね。もっと君と居たいって事だよ」
クスリと微笑うと、不二はオレの耳元で囁いた。
「…それとも、手塚は僕と一緒にいたくないのかな?」
窓に映る不二の顔が少しだけ哀しげに見える。雨の所為かもしれない。
オレは暗闇の中に浮かぶ不二の涙をすくうように窓に触れると、さあな、とだけ呟いた。
いつから壊れ始めたのか。もう、思い出せない。もしかしたらオレたちが出逢ったこと自体、間違いだったのかもしれない。
切欠すらも思い出せない。いつしか生まれたすれ違い。逢えない日が増える度に、互いに苛立ちを感じ始めていた。多分、強く求めすぎたのだと思う。傷つけ合うほどに。
傍にいれるだけで幸せだったはずなのに、それに慣れると別の望みが生まれるようになっていくから…。
「何もせず、何も望まず。ただ傍に居れたとしたら」
「……何だ?」
オレを抱きしめる腕に力を込めると、不二は哀しげな笑みを浮かべた。今度は、雨の所為などではない。
「こんなに、辛い想いしなくて済んだのにね」
「………。」
不二はオレから手を離すと、ベッドに仰向けになった。溜息を吐き、目を閉じる。夕立の音に耳を傾けているようだ。
オレは椅子に座ると、不二と同じようにして目を閉じた。普段は気にしない雨音に耳を澄ます。
『出逢わなければ良かったね』
いつだったか、長い口付けの後で不二がポツリと漏らしたことがあった。
『独りなら、この胸の痛み、味わうことはなかったのに』
そうだ。オレが九州から戻ってきた日。その日、不二の家へと行った。その時の言葉だ。
オレはその言葉の意味をあの時はよくわからなかった。
でも、今ならわかる。
求めすぎて、傷つけて、傷つけられて。それでも離れることは出来なくて。嫌いになれれば楽なのに。好き過ぎて…。愛することしか出来ないから。だから、互いに傷つけ合ってしまう。
出逢わなければ、一生縁のなかった悪循環。方向を変えようとは想っても、不思議と抜け出す気は起きない。
それだけ、不二を好きだという事なのだろう。
だとしたら、今、オレに出来ることはひとつしかない。
体に感じた光の存在で、オレは目を開けた。雨はもう上がって、空は緋く染まっている。
オレは立ち上がると、呆っと天井を見上げている不二の隣に腰を下ろした。さして驚きもせず、不二がオレを見る。
微かに触れた手を捕ると、オレは唇を落とした。今度こそ、不二が驚きの表情をする。
オレはその手を強く握り締めると、久しぶりに不二の眼をじっと見つめた。
「不二、オレはお前と―――」