突然


 それがあまりにも自然すぎる動きだったから、反応する事すら出来なかった。
 踵を地面に付け、オレの顔を覗き込むようにして微笑うその顔を見て、ようやく温もりが脳に届いた。
 けれど、それは一瞬の事で。すぐにその温もりは人のざわめきに奪われた。
「不二っ、今、何を!?」
「しーっ、静かに。ここ、図書室だよ?」
 不二は人差し指をピンと立てると、自分の唇へとあてた。オレは慌てて口をつぐむと、辺りを窺った。幸い、この一角には誰もいないようだ。安堵の溜息が出る。不二が微笑った。
「何ってねぇ…」
 心なしかさっきよりも小さい声で言うと、不二は自分の唇にあてていた指をオレの唇へと押し当てた。
「キス、したの」
「………っ。」
 グラウンド20週、と叫びそうになり、オレは慌てて言葉を飲み込んだ。それに気づいた不二が、また、微笑う。
 とりあえず、ここでは人が多すぎる。
「不二、ちょっと来い」
 オレは不二の手を掴むと、図書室を後にした。とにかく、誰もいないところへ…。

「で。何故、あんなことをしたんだ?」
 資料室。ここへは教員以外では原則として図書委員しか入れないのだが、生徒会の資料作成などでここのコピー機をよく使うので、生徒会でも鍵を持っている。ここなら、誰にも話を聞かれる心配はない。オレは狭い資料室の鍵をかけ、カーテンを閉めると、振り返った。扉のところでは不二が立っている。お互いの距離は、テーブルを挟んで十分すぎるほどあった。
 眼が合うと、不二が微笑った。
「『あんなこと』って、キスのこと?」
 音に出して言われ、オレは俯いて頷いた。恥ずかしい話だが、テニス一筋でここまで来てしまったオレは、そういうことには慣れていない。言葉だけでも顔が紅くなってくる。
「手塚ってば。顔、真っ赤にしちゃって」
 突然、視界に不二の足が映った。慌てて顔を上げると、目の前に、不二の顔。
「………ぁ。」
「可愛い。」
 うろたえるオレに、不二は触れるだけの口付けをしてきた。オレは慌てて口元を拭った。
「非道いなぁ」
 口元だけで、クスリと微笑う。不二の眼は真剣にオレの眼を射抜いていた。
 怖い。
 思わず、足が後ろへと下がった。と、背中にひんやりとした感触。
「逃げ場、無くなっちゃったね。それとも、誘ってるの?」
 感情の読めない声。不二は素早くオレの両手首を掴むと、壁へと押し付けた。
「なっ…」
「だってさ、こんな個室に連れ込んで。鍵をかけて。カーテンまで閉めちゃって」
 言われて、初めて気がついた。とにかく誰にも見られないように、誰にも聞かれないように話をしようと思っていただけだったのだが。いつの間にか、不二の絶好のシチュエーションを作り上げてしまっていたようだ。
 ……絶好のシチュエーション?何故?
 オレはまだ、あの行為の理由を聞いていない。
「……何故、あんなことをしたんだ?」
 高鳴る胸の鼓動を抑え、オレは普段の声を作った。語尾が、微かに震えてはいたが。
「何故、って…。君は、何でだと思ったの?」
「………。」
 答えられない。考えても、行きつく答えはひとつ。けれど、それが真実だとは信じたくない。
 そのまま暫く黙っていると、クスリと不二が微笑った。オレの手首をいっそう強く壁に押し付け、鼻先が触れるか触れないかのところまで顔を近づけた。
「君が考えてる通りだよ。好きなんだ、君のこと。どうしようもないくらいに、ね」





tFOVの曲、『突然』ではありません。あしからず(笑)
このあと、2人はどーなったんでしょうね。
とりあえず、手塚君は天然ということで、頑張ってみました。

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