温もりを知らなければ、孤独を感じる事なんてない。
だから、温もりを忘れてしまえば、もう、何も感じなくて済むんだよ。きっと。
いつもの屋上。いつものポジション。僕は彼の膝の上で、空を見上げている。
「ねぇ、手塚。」
どこか遠くを見ている彼に問い掛けてみる。
「なんだ?」
返ってくる、笑顔。胸が、痛む。
「最近、よく微笑うようになったね」
手を伸ばし、彼の頬にそっと触れた。
冷たく感じたのは、きっと体温の所為だけじゃない。
「……そうか?」
「そうだよ」
溜息まじりに呟くと、僕は彼から手を離した。苦痛に歪む顔を見られないように。地面へと視線を移す。
「………そうだよ。」
もう一度、呟く。彼に聞こえない程の小さな声で。
僕は膝を曲げ、少し丸くなると、眼を閉じた。
実際、彼はよく微笑うようになった、そのお蔭で、近寄りがたい雰囲気もなくなり、彼の周りには沢山の人間が寄り付くようになった。
それは嬉しい事だ。僕も望んでいた事だ。
だけど。
胸に感じる、ドウシヨウモナイ不安と焦りと孤独感。彼が、どんどん僕から離れていくような気がして。僕だけが、そこに取り残されているような気がして。厭だ。
結局、一番馴染めていないのは自分なんだと思う。彼には偉そうな事を言っておきながら、僕は無意識に周りと壁を作っていたんだ。
現に、彼にだって。僕は沢山の嘘を吐いている。
「不二。」
その声に、僕は意識を地上へと戻した。目だけを動かし、彼を見る。
「何?」
彼は僕の手に自分の手を重ねた。
………冷たい。
「確かに、オレは以前よりよく微笑うようになったかもしれない。それも全て、お前のお蔭だ。感謝している」
「……そう。」
呟くと、僕は彼の手を解いた。また、丸くなる。
感謝している、か。
そんな言葉、要らない。そんな気持ちなんて要らない。もっと、僕だけに縋っていて欲しい。
誰かに必要とされたい。それが、僕の生きる価値。僕には、『僕を必要としてくれている手塚』が必要なんだ。
解かってる。我侭な想いだって。でも、ドウシヨウモナイんだ。
彼が僕以外の誰かと親しげに話をしているだけで。彼が僕以外の何かに夢中になっているだけで。現在の僕は必要ないって。僕には『テニス』以外の価値は無いって言われているような気がして。厭なんだ。
僕の中の黒いモノが爆発しそうになる。
僕は君以外、何も望んでいないのに。
可笑しな話だ。こうなることは、僕も望んでいたはずなのに。まさか、これほどまでとは、ネ。
自分の独占欲に、気が狂いそうだ。このままじゃ、君を巻き込んで、壊れてしまうよ。
だから。
君を閉じ込めてしまう前に。僕がまだ、正気でいられるうちに……。
僕は仰向けになると、彼の手を握った。冷たい。けれど、とても温かい、手。もう、二度と触れることは無いだろう。
僕の出した結論。
それは。
「手塚。」
君の傷つかない方法で。
「お願いがあるんだけど。」
君を僕から。
「僕の事、」
遠ざける事。
「嫌いになって欲しいんだ。」
その結果、君が僕を憎む事になっても。