「キミは何でそんなに無茶をするの?」
昼食の後、突然、隣にいた不二がそんな言葉を口にした。
さっきまでの穏やかな雰囲気を打ち消すような、真剣な眼がオレを見つめる。
「別に、無茶など…」
「してるよ。」
オレの言葉を遮るように言うと、不二はオレの左腕を掴み、少し捻った。
「……っ」
隠しきれない痛みに、顔を歪める。
「やっぱり。完治、してないじゃない」
不二は手を離すと、シャツ越しにオレの肩に唇を落とした。そのまま、オレの肩にもたれかかる。
「僕はね、心配なんだよ。キミはいつも無茶をするから。キミが、これ以上苦しい思いをするのを見ているのは、厭なんだ」
そう言った不二は苦しそうな顔をしていて。
オレには、よく解らない。何故、不二が、そんな顔をするのか。
「オレは…」
いつもの笑顔に戻って欲しくて、何かを言おうとオレは口を開いた。けれど。言葉が出てこない。訊かれてもいないのに自分から発言するなんてことは滅多にないから。何を言えばいいのか…。
言葉が出ずに止まっていると、不意に肩の重みが消えた。
「……不二?」
「キミは」
また、真剣な眼がオレを見つめている。逃げ出したいような緊張。けれど。不二の眼がそれを許さない。
「手塚は、何でそんなにテニスにこだわるの?手塚にとって、テニスって何なの?」
「オレにとっての、テニス?」
そんなこと。考えたこともなかった。それをするのが当然で。勝ち続けることがまるで使命であるかのように、ただ、そこにある。
「僕には解からないよ。自分が傷ついてまで勝ちにこだわるキミが。そんなにテニスが大事?自分の人生を賭けるに値するほど」
自分の、人生…?
確かに。そうかもしれない。オレはこの氷帝戦でテニスプレーヤーとしての一生を駄目にするところだった。いや、テニスに関してだけではない。下手をしたら私生活にまで影響を及ぼしかねないほどの、肩の痛み。
けれど。オレは勝ち続けなければならないと思った。
何故?
「………絆、なのかもしれない」
オレの人生をここまで繋いできたもの。これから繋いでいくもの。テニスで勝ち続けていくことがそれに値する。
「……絆?誰との?」
オレの回答が意外だったのか、不二はオレの顔を覗き込んできた。先程までの張り詰めた感じは、ない。
「皆との。オレには、今のところこれしかないからな」
自嘲気味に言う。不二はオレの左手を包むようにして握ると、首を横に振った。
「そんなことないよ」
「オレからテニスを取ったら何も残らなっ…」
溜息まじりのオレの言葉は中断された。不二がオレに思い切り抱きついてきたから。
勢いに押され、そのまま右肩から斜めに倒れた。コンクリートに強かに頭を打ちつけ、痛みを訴えようかとも思ったが。不二のその様子にオレのとろうとする行動がそぐわないことを察して、やめた。
「不二?」
すぐ手を離すと思ったが、不二はしっかりとオレに抱きついたままで。
「おい。どうしたんだ?」
小刻みに揺れる不二の肩にまるで子猫のようだ、と苦笑する。右手を不二の頭に手を乗せると、優しく撫でた。左手はその背に。
「……が……から」
胸元で、不二が呟く。
「え?」
訊き返すオレに、不二はゆっくりと顔を上げた。
「僕が居るから。例えキミが凡てを失ったとしても、僕が傍に居る。ずっと居るから。だから、何も残らないなんて。そんな哀しいこと言わないで。僕だけはずっとキミの元に残るから…」
潤んだ眼で言うと、不二は上体を伸ばし、オレの唇に自分のそれを重ねてきた。涙の味のする、甘い口付け。唇を離した不二が、やっと、微笑った。
「手塚。好きだよ」
「ああ。」
頷くと、オレは不二を強く抱きしめた。
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