Last love song


 ――これが最後のLove Songの始まりになるように祈る――


「ここが、僕の部屋だよ」
 柔らかい笑みと共に開け放たれた扉。光と一緒に漏れてくる、グリーンの香り。
「さ、座って」
「あ、ああ」
 促されるまま、西陽の当たるベッドに腰を下ろした。隣には不二。
 初めて入る不二の部屋は、意外な雰囲気をかもしていて。出逢ってから約半年。オレが不二に対して抱いていたイメージなんてものは、文字通り想像でしかなかったのだと思い知らされた。
 オレは、不二のことを何も知らない。
 それでいい。今は。これから知って行くのだから。
「意外?」
「え?」
「イメージと違うって。そんな顔してる」
 クスクス笑いながら、オレの眉間の皺を指差す。オレはその手を捕ると、素直に頷いた。
「もっと、何もないと思っていた」
 こんなに穏やかな雰囲気ではなく、もっと寂しさの漂うものだと。
「非道いな。僕ってそんなに冷たいイメージ?生活感、ない?」
 苦笑する。この距離が、もどかしい。
「そうではない。」
 冷たいなどとは思っていない。不二はいつも温かくて。
「ただ…お前はヒトリが好きなのだと思っていたから」
 ヒトリが好きな不二と、ヒトが苦手なオレ。それはとても不思議で。気が付けば、当たり前のように2人並んでいた。
 隣で、不二が小さく溜息を吐いた。
「違うよ。僕はヒトリが好きなわけじゃない」
 オレの手を握り返す。見つめるオレに、触れるだけのくちづけ。
「僕は、手塚国光が好きなんだ」
 ふ、と微笑う。綺麗な笑顔。
「どうかした?」
「………何でもない」
 見惚れてしまっていたという事実に、思わず顔が赤くなる。
「何でもないって…顔、紅いよ?もしかして、見惚れちゃった?」
 顔を背ける。が。
「ねぇ。顔、見せてよ。手塚。ねぇったら」
 意地悪な不二は、執拗にオレの顔を覗き込んでくる。
「……うるさい」
 妙ににやけたその顔を、押し退ける。
「ねぇ、手塚」
 真剣な声と共に、オレの手は捕らえられた。伝わってくる温もりに、意味もなく胸が高鳴る。
 不二はオレを引き寄せ抱きしめると、耳元に唇を寄せた。
「エッチしよっか」
「……………なっ」
 不二の囁きに驚いたオレは、一瞬だけ思考が止まる。
「隙あり」
 言うと、不二はオレの体を押し倒してきた。唇が重なる。今度は、触れるだけではない。
「ん…ふっ、じ」
 入ってくる初めての感覚に、オレは体を捩り逃げ出そうとした。と、途端、離される唇。
「っは」
「……そんなにイヤ?」
 肩で息をしているオレに、不二は愉しげに微笑った。
「ったりまえだ」
 口元をだらしなく伝うものを拭い、不二を押し退ける。
「何で?」
 けれど。その手はまた捕らえられ…。見つめられる。その眼に、心まで捕らえられそうになる。オレは慌てて視線をはずした。
「何で、って。オレたちはまだ、中学生で…」
「年齢なんか関係ないよ」
 横を向いたことをいい事に、不二がオレの耳に舌を這わせてくる。
「だっ…第一、男同士でそんなっ…」
「大丈夫。ヤり方なら知ってるから。君は僕に身を委ねてくれれば良いよ」
 耳元でクスクスと微笑う。
「だから、そういう問題じゃっ…ん」
 抵抗しようとした言葉を、唇で塞がれる。その感覚は、汚いとか気持ち悪いとかそういうのではなく。もっと、別の…。
「やめっ…嫌っだ。ヤメロっ」
 有りっ丈の力で不二を突き飛ばすと、オレは口元を何度も拭った。息を整える。
「………手塚。本気で嫌なんだ」
 淋しそうな呟きが聴こえてきて、オレは体を起こした。ベッドから落ちた不二は、オレと眼が合うと苦笑いを浮かべた。
「ゴメン。恥ずかしがってるだけかと思って…。もうしないよ。手塚が嫌がることはしない。そう、誓うから」
 腫れ物を触るかのように、ゆっくりと伸びてきた不二の右手がオレの頬を包む。親指でオレの頬を伝うものを拭う。
 頬を伝うもの?
「だから、泣かないで」
「―――え?」
 泣いている?誰が?オレが?
「君に、そんな顔をさせる為に、僕は存在してるわけじゃないんだ」
「不二。これはっ…」
 違うんだ、と言おうとしたが、それは叶わなかった。不二が、オレを強く抱きしめて。
「お願いだから、僕を嫌いにならないで」
 今にも泣きそうな声で言う。オレは思わず苦笑した。泣いているのはオレではなかったのか?
 不二の背に腕を廻す。オレが動いた瞬間、多分また突き飛ばされると思ったのだろう、不二は僅かに体を震わせた。が、暫くしてそれが拒否ではないということが解ったのか、不二は更に強くオレを抱きしめてきた。
 まるで子供のようだ。いや、オレたちはまだ子供か。
 だが、と思う。オレの中の不二はもっと大人びた奴だった。初めて見る、こんな自信のない不二。多分、そうさせているのはオレで、そんな不二の姿を見たのもオレだけなのだろう。そう思うと、不二には悪いが、何だか少しだけ嬉しい。
「オレがこの程度でお前を嫌いになると思うか?」
「………わかんない。」
 子供のように頭を動かす。それが少し、くすぐったい。
 オレは腕を解くと、不二の肩を掴んだ。体を離し、その眼を見つめる。
「この程度で嫌いになるくらいなら、初めから好きになんかなっていない」
「……ホント?」
 キョトンとした顔で、不二はオレを見つめた。初めて知ったとでも言うように。
 オレは小さな笑みを零すと、頷く代わりに触れるだけのキスをした。不自然な体制でオレを見つめる不二に隣に座るように促す。
 暫く、オレとその隣の空白を交互に眺めていた不二だが、オレが手を引くと、大人しく座った。繋いだ手の指を絡める。
 沈黙。
 何かを話さなければと思う。多分、別にこのままでもいいのだろうけど。折角、不二の部屋に遊びに来ているのだから、いつもと同じということだけは避けたい。
 話題を探して、オレは目線だけで部屋を見回した。留まったのは、大きく引き伸ばされた桜の写真。そして、大量のレコード。
「……何か、聴く?」
 オレの目線に気づいたのか、不二が訊いてきた。頷くと、不二は手を解きレコードを漁りだした。
 右手から消えた温もりが、少しだけ、淋しい。
「手塚、何か聴きたいのある?といっても、洋楽…ジャズくらいしかないけど」
 ジャズという単語はオレにはよく解らなかった。
 もともと音楽には、というよりもテニス意外は大して興味がない。部屋にあるのも幼い頃に父から貰ったやたらと大きいラジカセで、CDは聴けない。オレの中の音楽といったら、ラジオから流れてくる名前も知らない曲だけだ。
「……何でもいい。オレにはよく解らない世界だからな」
「そっか。じゃあ、そうだなぁ」
 ぶつぶつと呟きながらレコードを選ぶ。いいものがないのか、不二は立ち上がるとクローゼットを開けた。そこにも、大量のレコード。
「うん。これにしよう。……きっと君も気に入るよ」
 ふ、と微笑うと、不二はレコードをセットした。針を落とす。
 暫くして、曲が流れてきた。オレには音楽の知識は皆無に等しいからよく解らないが、これが結構古いものであるということは、なんとなくわかった。
 そして、この曲調がオレに合うということも。
「いい曲だな」
「気に入った?」
「ああ」
「そ。良かった」
 もう、暗雲は完全に消え去ったようだ。
 不二はいつもの柔らかい笑みを見せると、オレの隣に戻った。淋しかった右手に、温もりが帰ってくる。
「写真…」
「え?」
「綺麗な桜だな」
 左手で指差すと、ああ、あれか、と不二は微笑った。
「あまり画質よくないでしょう。あれはね、僕たちの入学式のときに撮った写真なんだ」
「……その時から、写真を趣味にしていたのか?」
「ううん。これが最初の1枚。母さんが持ってたインスタントカメラで撮ったんだ。だから、画質が悪いの」
 不二はオレの手を強く握ると、肩に寄りかかってきた。
「初めはね、ただの記録だったんだ。毎日の天候や景色なんかを写真に撮る。日記みたいな感じ。それが、段々はまってっちゃってさ。今に至るってわけ」
 テニスに音楽に写真、か。それにこの部屋には溢れんばかりのグリーンがある。不二は色々なものを持っているんだな。それに引き換え、オレにはテニスしかない。
「……いいんだよ。手塚は、その存在だけで充分に価値があるんだから」
 オレのココロを見透かしたように、不二が言った。だが、果たして不二が言うように、オレにはそんな価値があるのだろうか?
「僕が最初の1枚を撮ろうと思った理由はね。忘れたくないと思ったからなんだ」
「…何を?」
「君との思い出を。だって、この日が君と出逢った記念すべき日なんだよ?」
 確かに。あの時、オレと不二は初めて逢ったが…。じゃあ、何か?不二はその時から既にオレのこと…。
「でも、多分、世間一般で言う一目惚れって言うのとはちょっと違うかもしれないね」
 クスリと微笑い上体を伸ばすと、不二はオレの頬に唇を落とした。また、肩に寄りかかる。
「逢ったのは初めてだけど、君はテニス界じゃそれなりに有名だったからね。もっと前から、僕は君のことを知ってたんだよ。それで、入学式のとき実際に君を見て。……好きになった。それが憬れの延長なのか恋なのかなんて、あの時はわからなかったけどね。でも、忘れちゃいけないって、思ったんだ。桜吹雪の中にいる君を見て。そう思ったら、シャッターを切ってた」
 不二はあの時のことを思い出すかのように、眼を閉じた。オレも眼を閉じて、思い出す。
 桜の舞い散る中、初めて見た、あの不二の姿を。
 それは多くの新入生の中で、一目で不二だと解るほどの特別な雰囲気を醸していて。遠くを見つめるように桜を眺めていたその姿に、眼を奪われた。多分、オレもその時から不二のことが好きだったのだろう。
「だからね。僕が写真を始めたのは、君の、手塚国光っていうニンゲンのお蔭なんだよ」
 いつの間にかオレを見つめていた不二が、微笑いながら言った。
「オレの、お陰?」
「そう。君のお蔭。多分、君を初めて見たあのとき。僕の中で廻り出したんだ」
「まわりだした?」
「ラストラブソング、だよ」
「?」
 訳が解らず見つめるオレにクスリと微笑うと、不二は音楽に身を委ねるように眼を閉じた。





GARNET CROW 万歳!←誰も知らねぇってι
一応、シングル曲なんだけどな。
取り敢えず、不二くんが写真を始めた切欠を書きたかっただけです。
バカップルを書きたかっただけです。
『Last love song』を使って話を書きたかっただけです。
ジャズを知らないのは手塚じゃなく、アタシ。
ジャズピアノを弾けるヒトは素敵だ。不二くん弾けたりしないかなぁ。
ちなみに。ちぅは日常茶飯事なので、手塚くんは嫌がりません。

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