笑顔の行方


「なぁ、不二と手塚って仲いいのか?」
「いいんじゃないのか?いつも一緒にいるし」
「だってさ、あの2人、見てみろよ。手塚はいつものことだからいいとして。無表情の不二なんて。なんか、不気味じゃね?」
「………言われてみれば。不二って笑顔のイメージしかないもんな。でも、それなら何で一緒にいるんだ?」
「………さぁ?」




「噂、されてるね」
 彼の隣。空いている机をくっつけ、席に着く。
「構わん。いつものことだ」
 机から参考書とノートを出しながら彼が言った。そうだね、と頷く。
 放課後。部活を引退した僕らは教室に残って受験勉強をしている。ついさっき授業が終わったばかりだから他人が沢山溢れているけど、あと10分もしないでいなくなるだろう。そうしたら、この教室には僕と彼の2人しかいなくなる。
「……そんなに気になるんだったら、誰もいなくなってから来ればいいだろう?」
 10分位経っただろうか。教室に僕ら以外の姿が消えると、彼は僕を見て言った。シャーペンを置き、僕も彼を見る。
「何?」
「噂。」
 ああ、と僕は頷いた。そんなことか。
「僕も別に気にしてはいないよ。ただ、噂されてるなっていう事実を言っただけ。それに」
 言葉を切り、念のため辺りを見回す。誰もいないことを確認すると、僕は彼に触れるだけのキスをした。
「少しでも早く手塚に逢いたいしね」
 ふ、と微笑う。
「………なら、好きにしろ」
 僕から眼をそらし、呟く。その顔は微かに紅い。
 彼は僕といるとき、自然な表情を見せてくれるようになった。といっても、いつも彼ばかりを見ている僕にしか判らない程度の変化だけれど。
「……何を見ている?」
 いつまでも自分を見ている僕に、彼は眉間に皺を寄せて睨んできた。威嚇でもしているつもりなのだろうか。
「いいや。照れてる君が可愛いなって思ってね」
 もちろん、普段の君も可愛いけど。
 僕の言葉にまた彼は顔を紅くした。馬鹿、と呟き、机に向かう。次の瞬間にはいつもの顔に戻り、数学の問題を解き始めている。
 真剣なその横顔も好きなんだけど。僕が一番好きなのは、彼の真正面。僕を見つめている彼の顔。
「それだけ自然な表情が出来るようになってきたってことだよ」
 持久力はないけどね、と付け加える。
「それと、お前の前、限定だがな」
「それは構わないよ」
 彼の右手を捕り、指を絡める。
「君の笑顔を見ていいのは、僕だけなんだから」
「……そうだな」
 ノートを見つめたまま、彼が呟く。てっきり僕を睨んで馬鹿って言ってくると思ってたので、その反応はあまりにも意外だった。言葉をなくしている僕に、彼が微笑う。
「どうしかしたか?」
「……何でもないよ」
 頭を振ると、僕は視線を参考書に移した。少しだけ、頬が熱い。
 悔しいから、彼の手を強く握った。一瞬、戸惑うように彼の動きが止まる。それには気づいていないという風に、僕は参考書の問題を解く。彼は小さく溜息を吐くと、手を握り返してきた。横目で見た彼の頬には、また赤みが差していて、なんか笑えた。
 僕は、彼といるときは専ら彼の得意分野ばかりを勉強している。そうすれば、答えに窮したときに、彼に教えを乞うことが出来るから。といっても、そんな機会は今のところ全然やってこないのだけれど。
 だから僕らは殆ど会話をせずに、勉強をする。そしてときどき、思い合わせたようにキスを交わす。でも、それはほんの一瞬で。またすぐにお互い個人の世界に戻る。そんな空間が凄く心地好い。お互いに、気を使わなくてすむ。自然体でいられる、空間。
「お前も、自然に感情を現すことが出来るようになってきたな」
 完全下校の時刻を告げるチャイムが鳴る。それにかぶさるように、彼が言った。
「………そう?」
「ああ。オレの前限定だがな。ちゃんと笑えている」
 見つめる僕に彼は笑うと、唇を重ねてきた。額を合わせ、見つめ合う。
 笑えている、か。変な日本語。
「だとしたら、それは手塚のお陰だね」
 ふ、と微笑い、キスをした。彼の顔が、赤くなる。
「……馬鹿。」
 今度は僕の予想通り。彼は呟くと、僕から体を離した。参考書やノートをテニスバッグにしまう。その仕草が、何となく可愛らしい。
「見る、なよ」
 僕の視線に気づいた彼が、横目で僕を見る。
「いいじゃない。減るもんじゃないんだし」
 隣から、彼の溜息が聞こえた。と、いきなり彼が僕のほうを向いた。両手を伸ばし僕の頬を包む。
「………手塚?」
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと帰り支度をしろ」
 眉間に皺を寄せて言うと、僕の両頬をつねり、無理やり前へと向けさせた。
「痛いなぁ」
 温もりと痛みを確かめるように自分の頬に手を当てる。
「自業自得だ。早くしないと先生にどやされ――」
「また、君たち?」
 彼の言葉を遮って、突然乱入してきた声に、僕は少々不機嫌気味に視線を動かした。
「あ。先生」
 そこに立っていたのは、戸締りの当番だと思われる先生。完全下校の時刻を過ぎたから、戸締りを確認しに来たのだろう。彼女に会うのは、今日で4日連続だ。
「チャイムはとっくに鳴ってるのよ?一体、いつも何をしているの?」
「そ、それは…」
 少々怒り気味の彼女に、手塚の言葉が詰まる。仕方がない。彼は優等生だから、怒られたり咎められることには慣れていないんだ。怒ることは日常茶飯事なくせに。
 僕は手塚と彼女の視線を遮るようにして立つと、彼女に笑顔を見せた。
「僕たちも受験生ですからね。受験勉強してたんですよ。家だとなかなか集中できませんし」
「だからといってもね、」
「すみません。チャイム、気づかなかったんです。集中しすぎてたのかもしれませんね。もう、帰ります」
「ならいいけど」
 よくないよ、と僕は心の中で毒づいた。手塚は既に帰る支度をしているのに、チャイムに気づかなかったわけないじゃないか。全く。彼女の観察力のなさにはほとほと呆れてしまう。
「じゃあ、戸締り頼んじゃっていいかしら?」
「はい。」
「じゃあ、よろしく」
「はい。」
 疑うことを知らない彼女は、僕が頷くのを確認すると、教室を後にした。
 思わず、溜息。世の中には莫迦な大人が多すぎる。
「相変わらず、凄い変わりようだな」
 彼の声に振り返る。彼は見れば判る窓の戸締りをわざわざ1つずつ触って確認していた。
「変わりようって?」
 僕は戸締り確認には参加せず、帰りの支度を始めた。参考書やノートをテニスバッグにしまい、くっつけていた机を離す。
「顔。さっき、物凄い笑顔だったぞ」
「……見えたの?」
 僕は彼の前に立っていたのに。
「少しだけな。それに、見えなくても、声で判る」
 戸締りを終えた彼は、僕の前に戻ってきた。額にかかっている髪を掻き揚げ、そこに唇を落とす。僕は彼のするこのキスが好きだ。それは随分と子供じみたものだけれど、僕には出来ない、彼だけの愛情の表現だから。
「そんなにいい笑顔だったの?」
 彼の腕をとり、微笑う。彼は溜息を吐いた。
 彼が溜息を吐くのも解る。僕は、彼の前では殆どといっていいほど、笑わない。笑えない。それこそ、最近だ。彼の前で自然に笑えるようになったのは。
 ただ、それは彼が嫌いだからというのでも、一緒にいるのがつまらないからというのでもない。寧ろ、彼の前でだけ僕は自然体になることができる。何故かは解らないけど。
 僕が他人に見せている笑顔こそが作り物で、彼の前にいる無表情の僕が本当の僕。
 笑顔が自分にだけ向けられないということを、彼はどう思っているんだろう?ずっと気になってるんだけど、今まで一度も口にしたことはない疑問。
「ねぇ、手塚。やっぱり手塚は、笑ってる僕のほうがいい?」
 薄暗い廊下を、腕を組みながら歩く。無言のままの彼を見上げるけど、その表情はよく読み取れない。何となく、この沈黙を気まずく感じて、僕は言葉を続けた。
「ほら、だって、手塚にだけ愛想笑いが出来てないじゃない?周りから見たら、ちょっと異様な光景だし。それに、手塚も無表情の僕ばかりじゃ――」
「『ちゃんと笑えている』」
「え?」
「そういっただろう?オレは別に無表情のお前ばかりを見ているわけじゃない」
 昇降口に辿り着き、やっと明かりが彼を照らした。僕を見つめる彼は、優しく微笑っていた。
「それにオレは、作り物のお前なんか見たくないしな。オレの前でだけ無表情というのも、それはそれで特別な気がするから、悪くない」
 僕の腕を解き、額に唇を落とす。僕は離れようとする彼の頬を両手で包むと、背伸びをして触れるだけのキスをした。
 彼の体が、僕から離れる。クラスというのはとても残酷で。授業が終わってせっかく一緒にいられると思っても、またすぐに引き離されてしまう。
 彼の、靴箱を閉める音が聞こえてくる。靴箱2つ分のこの距離がもどかしい。
 空いてる靴箱を利用したこともあったのだが、それは彼に酷く怒られるという結果になってしまった。規則を守るという彼の性格を忘れていた、僕の失敗談。
「どうした?」
 なかなか姿を現さない僕に業を煮やしてか、彼が迎えに来た。なんでもない、と首を振り、靴を履く。
「……気にしているのか?」
 伸ばされた手を掴むと、指を絡め、彼の制服のポケットにお邪魔する。相変わらず、彼の手は冷たい。
「何が?」
「笑えないことだ」
「んー。なんていうかな。そのこと自体を気にしてるわけじゃなくて、手塚が気にしてるんじゃないかっていうことが気になる」
「何だそれは」
 彼の眉間に皺が寄る。別に不思議なことを言ってるって意識はないんだけどな。僕の説明が下手なのか、彼に理解力がないのか。
「僕は別に笑えなくてもいいんだよ。感情を押し殺すなんてことは今までずっとやってきたことだし、苦痛でも何でもない。世の中を上手く渡っていくことが出来れば、別にそれでいいんだ」
 いつ身に着けたのかも解らない愛想笑いが、僕の処世術になってくれているから。
「ただ、手塚が…僕のことを気にしてるなら」
「気にならない、といったら嘘になるが」
 彼が僕から視線をはずす。宙を仰ぎ、深呼吸。
「それはお前が今、笑えるかどうかではなく。今後、笑えるかどうかだ」
 僕を見る彼に、今度は僕が眉間に皺を寄せる番だった。
 過去も現在も未来も。笑えないという事実にどう違いがあるのだろう?
「だから、だ」
 照れているのだろうか。彼が小さく咳払いをした。そのまま視線は前へ。
「お前がこの先…オレのお陰で笑えるようになってくれればいい、と」
「………手塚」
「お前はオレの前でだけ本当の笑顔を見せればいいんだ。わかったな?」
 彼の言葉が命令調になる。照れ隠し。事実、彼の耳は真っ赤になっている。自然と、笑みが零れてくる。
 わかってるよ、そんなこと。僕の笑顔は君の為だけにあるんだから。
「うん」
 頷くと、僕は赤くなった顔を隠すように彼の肩に頬を寄せた。





別に、ドリカムの歌が基になっているわけではないです。
砂吐くくらいでもイイかな、と思ったので。似非不二。似非手塚。
いっときますけど。塚不二ぢゃないです。断じて違います。不二塚です。
『GOTH』の二人っぽくしようとして失敗した話です。(ミステリを目指したわけではなく、雰囲気だけ似せようと。。。)
『GOTH』を読んだときに、森野⇒手塚、樹(主人公)⇒不二に思えたので。


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