REGRET


 オレはただ呆然と、走り去っていく後ろ姿を眺めることしか出来なかった……。



「お前には関係ない」
 いつも、こうだ。不二と話をするときは、いつも突き放すような言い方になってしまう。他のヤツとなら普通に話せるのに、どうして肝心な相手にだけ、上手く話せないのだろう。
「関係ないって、非道いな。せっかく心配してあげてるのにさ」
 けれど、不二はそんなオレのココロを知る由も無いから。いつものように微笑いながら返してきた。
「心配?何故、お前にそんなことをされなければならない?」
 感情を上手く表現できない自分に対する苛立ちと、不二の無神経さに対する苛立ちで、余計に言葉がきつくなってしまう。
「なに言ってるの」
 それでも。不二は微笑ったままで。その口調は、相変わらず軽い。
「友達だもの。当たり前だよ」
 同じ軽さで、不二が続けた。その言葉に、オレは眉を寄せると不二を見つめた。
「友達?」
「違うの?」
 訊き返す不二に、オレは口を閉ざした。何て、言葉を返したらいいのか理解らなくて。
 黙ったままのオレを、探るような眼で不二が見つめてくる。
「………お前は、オレが嫌いなのではなかったのか?」
 呟くように言うと、オレは背を向けた。その行動が不二の視線から逃れる為だという事を悟られないよう、オレは脱ぎっぱなしになっていたレギュラージャージに手を伸ばすと、丁寧に畳み始めた。
「嫌いだったら、一緒にはいないよ」
 背後から聴こえる、溜息混じりの声。その言葉に動揺し、一瞬の動きが止まってしまった。が、それは在り得ないと思い直し、オレは小さく深呼吸をした。それでも、昂ぶってしまった胸の鼓動は治まらない。
「在り得ない」
 自分でも聞き取れないくらいの声で、呟く。
 なんて都合のいい解釈をするんだ、オレは。そんなこと、在り得るはずがない。不二がオレに少しでも好意を抱いているなんて。そんなこと…。


 何故いつも、不二は一緒に帰りたがるのか、オレには理解らない。こうして並んで歩いていても、会話は無く。オレの家の門前で、簡単な挨拶をして別れるだけだ。流石にその時は、いつも皆に見せているような笑顔を見せてはくれるが。それ以外、こうして並んで歩いているときの不二は、全くといっていい程の無表情だ。
 本当はオレのこと、嫌いなのだろう?
 ココロの中で、その横顔に何度も問いかける。答えは理解りきってるから。声にしてまで訊こうとは思わなかったが。
『嫌いだったら、一緒にいないよ』
 今日の不二の言葉が、頭の中をぐるぐると回っている。妙な期待はしたくないのに…。
「手塚?何処まで行くの?」
 突然腕を掴まれ、オレは我に還った。
「…すまない。考え事をしていた」
 慌ててその手を解く。一瞬、不二が傷ついた顔をしたのように見えたのは、気のせいだろう。
「オレは明日、部活の前に寄る所があるから」
 気を取り直すようにオレは咳払いをすると、言った。いつものように、家の門を背にして。
「わかった。じゃあ、先に行ってるね」
 少しだけ、淋しそうに不二が頷く。その顔に期待が膨らむ自分が嫌で。
「悪いな」
 呟くと、オレは眼を逸らすように俯いた。
 ……何も、訊かないんだな。
 或いは、訊く必要など無いのかもしれないが。
 不二はきっと、全て気付いているのだろう。オレの肘の怪我はもちろんだが、明日、オレが大石と病院に行くことも。そしてその原因が、越前との試合にあることも。
 ただ気付いていないのは、オレの、不二に対する気持ち。それだけだ。
 そこまで解かっているのに、オレの気持ちにだけ気付かないのは、多分。きっと、不二がオレのことを嫌いだからなのだろう。
 そうだ。忘れてはいけない。不二はオレのことが嫌いなのだ。だからきっと、あの言葉に大した意味は無い。そうだ。そうに違いない。そうでないと、説明がつかない。
 説明?
 オレは一体、何に言い訳を……。
「ずるいよ」
 沈黙の中、突然、不二が呟いた。
「………何がだ?」
 顔を上げて不二を見る。が、不二の視線は足元に落ちたまま。
「ずるいよ。手塚は」
 また、呟く。
 不二が何を言っているのか、何が言いたいのか、全く理解らない。
「何なんだ、一体」
 ずるい?それはお前の方じゃないのか?オレのこと嫌いなくせに。オレを混乱させることばかり…。
「僕は…」
「ったく。訳の解からない奴だな、お前は」
 肝心な気持ちだけを無視するなら、いっそ全てを無視してくれた方がいい。そうだ。その方が、きっと互いの為になる。不二はどうせ、オレのことが嫌いなのだから。
「オレを困らせて、愉しいか?」
 オレは溜息を吐くと不二を睨み、わざと傷を付けるような言い方をした。不二がやっとのことで顔を上げる。オレを見つめるその眼は、哀しみと怒りが混在しているように見えた。
 胸が、痛い。
「……まあいい。オレは帰るぞ。だからお前も帰れ」
 冷たく言い放ち、背を向ける。これでいい、と自分に言い聞かせ、門に手を伸ばす。
「手塚。僕は…」
 突然、背後から聴こえる声。と同時に、オレは肩を強く掴まれ――。


「っん……」
 一瞬、何が起こったのか理解らなかった。不二に肩を掴まれ、気がつくと視界は真っ暗で。
 唇に感じる温もりに、徐々に思考が追いついてくる。更に深く進入してこようとするそれに、オレは言いようのない妙な感覚に襲われて。
「ふっ、じ。やめろっ!」
 体を捩り、有りっ丈の力で不二を突き飛ばした。口元を何度も拭い、尻餅をついた不二を睨みつける。
「……貴様っ」
「ゴメン」
 オレの言葉に被さるように言うと、不二はオレから視線を外した。慌てて横たわるテニスバッグを手にする。初めて見る不二のそんな姿に、オレは自分の中に沸き起こった妙な感情が引いていくのを感じた。が、俯いている不二にはそれが判るはずもなく。
「……ゴメン」
 もう一度呟くと、不二はオレを見ること無く駆け出して行った。



「……不二」
 どれくらい立ち尽くしていただろうか。オレはやっとのことでその名前を口にした。ぶら下がったままの腕を持ち上げ、唇に触れてみる。温もりは消えてしまったが、感触は、まだ憶えている。
 不二は何故あんなことを?オレが、嫌いなのではなかったのか?
『嫌いだったら、一緒にいないよ』
 まただ。また、あの言葉が頭の中で回りだす。
 駆け出すとき一瞬見えた不二の横顔は、今にも泣き出してしまいそうだった。もしかしたら、泣いていたのかもしれない。
 だとしたら。あの不二の言葉や行動が本当で、オレが今まで描いていた不二のオレに対する気持ちが間違いだったということになる。もし、それが本当なら。オレは一体、今までどれだけあいつを傷つけてきた?
 不二にキスをされたとき、オレはずるいと思った。オレを嫌いなくせに、期待させるようなことばかりする不二を、ずるいと。けれどきっと、それは間違いで。いちばんずるいのは、他でもない、オレ自身なのだろう。
「ならば、オレはどうすればいい?」
 呟いてみるけれど、答えなど返ってくるはずがない。
 解かっているのは、オレは不二が好きだということ。そして、不二がオレのことを嫌いだと思っていたとしても、その気持ちには変わりはないということ。それだけは、はっきりしている。それだけは………。
「………行かなければ」
 呟くと、オレは不二のいない景色を見つめた。深呼吸をし、走り出す。
 はっきりしていることがひとつしかないなら、することもひとつしかない。
 オレはこれから不二に会わなければならない。会って、オレの本当の気持ちを告げなければ。例えそれがどんな結果を生んだとしても……。





本当はこの後も考えたんだけど止めときます。綺麗に終われた気がするので。
哀しきかな、すれ違い。つぅか、大分ウジウジくんだね、手塚よι
あれよねー。いくら顔見たってさ、苦笑いか作り笑いか心からの笑顔か何なんだか、よく理解らないときもあるよねー。先入観が在れば尚更。
ちなみに、この話の不二視点は、北村様のサイト【infection】で漫画化されてます。
ひゃっほい。自分の小説の漫画化だよ。しかも切なさ3割増!是非見に言って下さいね。ついでに足跡も残して来て下さいね(笑)
こちらを読めば、不二の意味不明の行動の理由がわかるかな。
あ、でも、多少誤差とか時差とかありますけどねι
手塚視点(この小説)の方が後なので、そこらへんはアタシの技量の無さを疑っちゃってください(笑)


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