月明かりが、隣で眠っている彼の肌を青白く照らし出す。
「莫迦だね、僕も」
哀しいくらいに好きで。誰よりも何よりも大切なのに。彼を通して見えてくるのは漆黒の予感。
彼が欲しい。彼の総てが。支配し尽して。僕のカタチにして。結局、一番大切なモノはいつも、自分の手で壊してしまう。
そんなこと、解っていた。だからココロに鍵をかけて生きていこうと誓った。裕太を傷付けてしまったあの日に。
なのに…。
「……ん」
寒いのか、彼が身じろいだ。唇が僕の名前をなぞる。
カワイイカワイイ、僕の手塚。
額にかかっている髪をかきあげ、そこに唇を落とすと、僕は彼の隣に潜り込んだ。僕の胸と彼の背中をピッタリ合わせ、抱き締める。無意識なのか、起きているのか。彼は回された僕の手に、指を絡めてきた。冷えきった彼の指先を暖めるように。そっとその手を握り締める。
彼の体温と共に指先から流れ込んでくる、残酷なほどに綺麗な想い。それは僕のココロの鍵を壊して。侵食されてゆく。一途な想いは僕にとって枷にしかならなかった筈なのに。今、こんなにも愛おしい。
悪いのは。僕を本気にさせた彼か、本気になってしまった僕か。
思い出すのはあの雨の日の約束。
――オレはお前のためだけにここにいる。だから、お前も。オレのためだけにここにいると約束してくれ。
真剣な眼差し。彼に求められているという事実が嬉しくて。あの時は思わず小指を絡めてしまったけれど。
「やっぱり、約束なんて出来ないよ」
彼の首筋に呟き、顔を埋める。
「何故だ?」
ややあって聴こえてきた、ぼやけた声。彼は僕の腕をほどくと向かい合うように寝返りを打った。
「何だ。起きてたの」
動揺を悟られないように笑顔をつくってみせる。けれど。彼は笑ってくれなくて。
僕は指で彼の唇をなぞると、口付けた。
「最近、変だぞ」
僕の胸に顔を埋め、彼が呟く。僕は苦笑すると、彼の頭をそっと撫でた。
やっぱり、彼には隠せない。これだけ近くにいるのだから当然と言えば当然だけれど。安心したのは彼が見抜いたのはそこまでだとということ。本心までは気付いていない。
だから。
「何でもないよ。ただ、本当に君が好きなんだなって思ってね」
「ばっ……か。」
呟くと彼は僕の背に爪を立てた。真っ赤になっているであろうその顔。隠すように僕の胸に額を押し付ける。
「痛いよ、手塚」
「……うるさい。」
その子供のような仕草に思わず笑みがこぼれる。
こんな風に他愛ない話でもっとずっと笑いあえたらいいのに。それができない、莫迦な僕。
「だが。それではさっきのお前の言葉に対する答えにはならないぞ」
少しだけ体を離し、僕を見つめる。不安げに揺れる眼。
僕は笑みを見せると、彼の唇に自分のそれを重ねた。額を合わせ、見つめあう。
「僕はこんなだからさ。君にはもったいないよ」
真っ直ぐで汚れのない君には僕なんかよりもっとずっとに合うヒトがいる筈なんだ。だから。早く終りにして欲しい。僕から線を引くことはできないから。君から別れを告げて欲しいんだ。
…そうじゃないと、僕はいつか、君を壊してしまうから。
「バカだな、お前は」
呟きと共に与えられたのは、唇への微かな温もり。
「て、づか?」
「何度言えば解る?オレはお前でなくては駄目なんだ。他の誰でもない、不二周助じゃないと。オレが駄目なんだ」
思わぬ彼の強い意思に僕は言葉を失った。真っ直ぐな想いは僕のココロの奥底にある黒い感情を呼び醒ます。
壊してしまいたくなるのはきっと、彼が綺麗すぎるから。誰かに汚される前に。僕の手で黒く塗り潰してしまいたい。
この感情の名は知っている。独占欲、だ。
「好きだ。お前が。オレは、不二周助が、好きだ」
呟いた彼が、僕の頬を包みぎこちないキスをする。
彼の白で僕の黒を浄化できたら良いのに。なんて考えるだけ無駄で。二つの色をいくらを混ぜ合わせたって、白にはなれない。僕には彼を汚すことしか出来ないんだ。だから終わりにしなければならない。例え彼が穢れてもいい、と言ったとしても。僕は穢れていく彼を見たくない。見たくないはずなのに。
いくら自分のココロを探ってみても、湧き出てくるのは黒い感情だけで。その欲望は押さえきれなくなる程に大きくなっている。
ぎこちない彼の舌使いが、更に僕を欲情させる。
僕は離れようとする彼の唇を追い掛けると、深く重ね合わせた。
「ふっ、じ…?」
驚いた彼が、吐息混じりの声を出す。
「今更、遅いよ」
唇を離すと、僕は歪んだ笑みを見せた。
感覚が麻痺するほどに愛し合って。壊れてしまえばいい。僕も彼も。そうすれば傷つけたことを後悔することはない。
そうだ。これは運命。
「君が約束と言った瞬間から、僕たちの行く先は決まっていたんだ…」
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