僕がここに存在 (い)るのは、偶然にも生命を与えられ産まれてきてしまったからで。君がここに存在るのは、生きることに喜びを憶え、そして誰かに必要とされているから。それが僕と君との違い。 ただ流されてここまでたどり着いてしまったニンゲンと、誰かに求められそれに答えるため自分の意思で歩いてきたニンゲン。 存在価値がまるで違う。 なのに。君はそんな僕を必要だという。好きだ、と。 僕には正直言って解らない。互いに必要とし、必要とされる関係が。そしてそれ以上の想いが。 だから。 「君の気持には応えられない」 否定の言葉を彼に返した。 「そうか」 呟いて、哀しそうな顔をする彼。僕のためにそんな感情を使うなんてもったいないと思う。 「気持ち、悪いよな。男が男を好きになるなんて。軽蔑、するよな」 落胆。溜め息を吐くと彼は壁にもたれた。 普段は感情が全く読めないのに。今日に限って痛いほど解る。それが、何か嫌だ。 「別に、そういう理由で言ったわけじゃないよ」 彼の両手を僕の両手で包む。 「不二?」 「君の気持は嬉しかったよ。初めて誰かに好きだと言って貰えた気がした」 「…告白されるのは初めてではないだろう?」 不思議そうに僕を見る彼。その表情は普段からは想像もつかないくらいあどけなく。 「みんな本気じゃないけどね」 思わず苦笑する。 彼から告白されて嬉しかったのは本当だ。色恋沙汰に興味が無さそうに振る舞っているな彼が、耳まで真っ赤にして告白をしてくるなんて。相当な決意がなければ出来ないことだと思う。これは決して思い上がりなどではなく。 だから、嬉しかった。興味本意やファッション感覚で僕を好きだと言ったのではないから。 でも、だからこそ。 「愛してるだとか好きだとかっていう感情はないんだ。君に対してというより、万人に対してだけどね。解らないんだよ。それがどんなものなのか。だから。僕は君の気持には応えられない」 一度だけ彼の手を強く握り、そして離した。温もりとは言い難い、ひんやりとした彼の体温だけが僕の手に残った。 「……ならば」 暫くの沈黙の後、彼が口を開いた。 「これから理解していけばいい。オレと、オレが居る生活の中で」 後半の方は彼が口ごもるように言ったのでハッキリとは聞こえなかったが、どうやら告白の続きをしているらしい。だって、戻りかけていた彼の顔は再び赤く。少しだけ、彼が可愛く見える。でも、やっぱり。 「駄目だよ。君がそんなに真剣なら、尚更」 純粋すぎる言葉は僕には似合わない。偽りだらけの僕は彼には似合わない。 「何故?」 「失礼だと思ったからさ。君に対して。君の真剣な想いに対して、いい加減な気持で応えるのは」 そもそもいい加減ではない気持というものが、僕の中にあるのかどうかっていうのが疑問だけれど。 本気なんて言葉は彼のようなヒトのためにあるのであって、僕のようなニンゲンが口にしていい代物ではない。 「…嘘を吐くな」 「え?」 低い、静かな怒鳴り声。初めて眼にする、彼の感情。わからないよ。 「嫌なら嫌だとハッキリ言ってくれ。嘘を吐いて誤魔化すな。そんな希望を残すような言い方…」 「ち、ちょっと待ってよ。いつ僕が嘘を」 「好きの意味が解らないから、いい加減な気持では付き合えない?ではお前が今まで付き合ってきた奴らは何なんだ?」 彼の肩が震える。彼のこんな姿、僕は知らない。試合で負けたときですら表面の感情はあっさりしたモノだったのに。これは、嫉妬? 「違うよ。彼女たちは…あんまり悪くは言いたくないけど、とにかく違うんだ。本気じゃなかったんだよ、彼女たちのいう好きは。だから僕も暇潰し程度に…」 言ってから、最低だ、と思った。例え相手が本気ではなかったとはいえ、想いをもて遊んでいたのは事実。まぁ、これが僕の正体だから。彼が僕を嫌って諦めてくれればいいのだけれど。 「では、オレも本気でなかったら良かったのか?」 震えた声。握る拳が白くなる。怒ってる。当たり前、か。こんなに勇気を出したのにね。まぁ、相手が悪かったよ。 「そういうことになるのかなァ」 苦笑しながら答える。と、彼の手が伸びてきて僕の胸ぐらを掴んだ。握られたままの拳の標準が、僕に合わさる。殴られるのか?まぁ、それも悪くない。それで彼の気が済むのなら。 眼を瞑り、歯をくいしばる。けれど彼からの制裁は一向にやってこなくて。 眼を開けると、彼の真剣な眼差しが僕を殴った。それは体ではなく、ココロの中に直接響くモノで。可笑しなことに、その時初めて僕は自分にココロがあるということを知った気がした。 「だったら、オレは…」 彼の口から堕落を望むような言葉を聞きたくなくて、僕は首を横に振った。 「でも、もし君がそんな半端な気持ちで告白してきたとしたら、僕は軽蔑してたと思う。まぁ、君がそんなことをできるニンゲンじゃないって信じてるから言える話だけどね」 ふ、と笑って見せると、彼は力が抜けたかのように僕から手を離した。 「それでも。お前が本気ではなかったとしてもオレは構わない」 「僕が構うんだよ」 「だが、実際に付き合ってみれば、もしかしたら…」 「それはないよ。絶対に。」 彼の言葉を遮るようにして言うと、僕は壁にもたれた。何故、とでもいいたげな彼の視線。思わず、眼をそらす。 「来ないんだよ、もしかしたらなんて日は。僕が、本気になるなんて」 「どういう、意味だ?」 「だからね。僕は何事にも本気にはなれないんだよ。好き嫌いだけじゃなくて、何にでも。今までもただ何と無く生きてきた。いや、死ななかったからここに存在ると言った方が正しいのかも知れない。たぶん、これからもそうだろう。だから、僕が本気になるなんて。そんなこと、有り得ないんだ」 言い終えて眼を瞑る。沈黙。溜め息が聞こえる。まぁ、当然だろう。失望されてもいい。彼が僕を好きだなんて事を言わなくなるのなら。僕にはその言葉を受け入れる資格はないから。これで諦めてくれるよね? 「僕はそういうニンゲンなんだよ。君にはもったいない。解ったら僕を好きだなんてそんなことは―」 「オレだって」 僕の言葉を遮るように、彼が口を開いた。その強い意思のある言い方に驚いて、僕は彼を見た。そこにあったのは変わらない真っ直ぐな眼。 「オレだって。まさか本気で誰かを好きになる日が来るなんて思ってもみなかった。この、テニスだけの、それ以外になんの取り柄もないオレが」 また、彼の頬が赤くなっていく。それが解っているのか、彼は一度だけ咳払いをした。 「だが、お前が変えたんだ。不二周助という男のお陰で、オレは初めて誰かを本気で好きになれた」 僕の、お陰?彼の言っていることがいまいち理解できない。もしかして、僕は彼の初恋になるのか? 「だから、お前も―」 「ねぇ。手塚は僕のどこが好きなの?」 「え?」 「こんな僕のどこに惚れたの?どうして好きなの?」 突然の僕の質問に、彼は言葉に詰まっているようだった。そのまま黙り込み、うつむく。期待ハズレ。てっきり即答してくれると思ったのに。僕は溜め息を吐くと窓の外を見た。夕日はいつの日か沈み、綺麗な三日月が姿を現していた。部室からのこの眺め。僕はあと何日見れるのだろう。 「わからない」 微かに聞こえた呟きのような言葉に、僕は意識を彼に戻した。彼も僕を見る。 「わからない。気が付いたらお前を眼で追っていて。当たり前のようにお前が好きだと認識していた」 わからない、か。この解答に普通ならショックを受けるところだけど。僕は何故だか嬉しかった。悩んだ末に彼が出した答え。それは決して投遣りではなく、そして借り物でもない。彼自身の真実の言葉。 でも、そんなんじゃ、僕は納得できないよ。 「君はどうして僕に告白したの?」 「してはいけなかったのか?」 「いけないわけじゃないけど。だって…付き合ってどうするの?やりたいの?それとも、やられたいの?」 「なっ…」 露骨な言い方だったのか、彼は顔を赤くするとうつむいた。 図星であったとは思いたくない。彼はどこまでも純粋だから、きっとそう言うことは考えてはいない筈だ。そう、信じたい。でも、だったら尚更わからないよ。 「…かった」 「え?」 「ただ、そばにいて欲しかった。それが叶わなくても、せめて気持だけでも知っていて欲しい…」 僕の肩を掴み、少し顔を赤らめながら、けれど真剣な眼で言う。説得力はある。思わず頷いてしまいそうになる。でも。やっぱり僕には彼の言葉は理解できない。その想いも。 「それでどうするの?ただそばにいて?ただ想いを知ってもらって?」 その先には何が待っているというのだろうか。想いが通じ合わないことがわかった今、彼は何を望む? 届かなければ汚れを知らずにすんだのに。残念だ。汚してしまった本人が言うのも何だけど。 けれど。彼の口から出てきた言葉は、僕の予想とは全く違っていた。 「それ以上は、何も」 頼りない返事。呆れた。本当に何も考えていなかったなんて。 「何で…?」 「オレはお前と出会えたという事実だけで充分なんだ。それ以上を望むのはむしろ欲張りというものだろう?」 ふ、と自嘲気味に笑うと、彼はベンチに腰を下ろした。初めて見る、彼のそんな姿。 頭痛がする。 今日はいろんな彼を見すぎた。ここのところ、何にもない日々にいい加減退屈していたとはいえ。これは少し刺激が強いよ。さっきから感じている軽いめまいは、きっとそのせい。 「ずるいよね、君は」 溜め息を吐き、彼の隣に座る。 「不二?」 「……ずるいよ」 いつもいつも。僕の前ばかりを行く。ありきたりの日常に変化を与えていく。 考えてみれば。僕がテニス部に入ったのも、ナンバー2という地位にいるのも彼のせいだ。憧れに近い感情。こんなに続けるつもりはなかったのにな。可もない不可もないような適当な地位で適当にやりすごしているはずだった。裕太に嫌われるくらいなら、テニスを辞めてもいいと本気で思っていた。なのに。 ああ。じゃあ、もしかしたら。 「僕はキミを必要としているのかもしれないね」 彼の方を向き、微笑う。彼の頬が、少しだけ緩んだ。 「本当か?」 「僕が今ここにいられるのはキミのお陰だからね」 「…なら」 「でも。」 呟いて彼から眼をそらす。落胆する様を、見たくないから。 「それだけだよ。好きだとかそういう感情は、ない」 溜め息が、聴こえてくると思った。その気はなかったとはいえ、結果的に糠喜びをさせてしまったわけだから。 けれど。それはいつまで経っても聴こえてこず。かわりに部室に響いたのは彼の咳払い。 「必要なら…」 言いかけて、彼は僕の右手に自分の左手を重ねた。 「そばにいてもいいか?」 「え?」 「手探りでも届く距離にいたいんだ。」 それはどっちの?と言いそうになったけど。僕はその言葉を飲み込むと、黙って頷いた。だってこのままじゃ、一行に話が進展しないし。僕もいい加減、この話題に飽きたしね。 そんな僕の心境を知る筈もない彼は、僕が頷くのを見た途端、顔が明るくなった。 胸の奥で、チクリと罪悪感。 罪悪感? オカシイ。今までそんな感情を僕は持ち合わせていなかったのに。 ほら、また眩暈。 「不二?」 僕の様子の変化を感じたのか、彼が心配そうに顔を除き込んできた。その唇に、自分のそれを重ねる。触れるだけの、キス。 「っな…」 唇を離し、微笑って見せる。と、彼は耳まで顔を真っ赤にして、硬直してしまった。 「ふ、じ?」 暫くの沈黙の後、彼がやっと口を開く。 「嬉しい?」 笑って見せる。けど。彼は黙るとうつむいてしまった。ほんのちょっと、傷付いた顔をして。 また、わからなくなる。自分の行動も、彼の思考も。何もかも。 頭痛がする。何かもう、どうでもいいよ。 「ねぇ。もう僕、帰って良いかな?」 溜め息と一緒に立ち上がる。 「……っ」 顔をあげた彼は、何か行いたそうで。でも。 「ああ」 彼は頷くと、そのまま視線を落としてしまった。 暫く、黙って彼を見る。 恐らく、これが彼の最初の恋で。最初の告白で。そして、最初の失恋。 落ち込んでるのかな。これがプレーに影響しなければいいけど。もしかしたら、僕が今ここにいることで、彼を苦しめているかもしれない。 でも、僕は相変わらず彼の隣に居る。それは彼との約束だし。何よりも、彼のプレーする姿がとても綺麗で。それを近くで見ていたくて。 僕は今までも。多分、これからもずっと、テニスを続けるだろう。恋に一番近い、憬れという感情の中で。 |
いつ書いたんだろう?ケータイで書いたらしい。 ……そして、何が書きたかったのだろう……。 ごめんね、てぢゅか。 |
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