手塚に言われて。部室に残ったけど。青いベンチに2人座ったまま、さっきから一言も喋ってない。横目で見る彼は、頬が膨れてて。少し怒っているように見える。
でも。繋いだ手。指はしっかりと絡めてるんだよな。
「……不二。」
「なっ……………」
名前を呼ばれて。振り向くタイミングでキスをされた。
「………に?」
遅れて口から出てきた言葉。驚いて彼を見つめると、彼は何故か不満そうな顔をして僕を見ていた。
本来なら、滅多にない彼からのキスを喜ぶべきなんだろうけど。何か、変だ。
以前彼に、手塚とのキスは苺の味がする、と言ったけど。これは異常だ。甘すぎる。それに、何か少しねばねばしてた気が…。
「もう1度だ」
「えっ?」
今度はしっかりと肩を掴まれてキスをされた。ぎこちない動きで彼が舌を絡めてくる。僕もそれに、戸惑いながらも応えた。けど。
やっぱり変だよ。触れるだけのキスだって滅多にしてくれないのに。こんな…。
「っ。」
と。彼の舌とは違う、異物の侵入。驚いて目を開けると、彼はゆっくりと唇を離した。赤い顔で、でも満足そうに微笑う。
「……手塚?」
「やる。」
わけが解からないでいる僕に、彼は目の前でカラカラと音を鳴らした。僕の手を開き、それを乗せる。
「甘いだろう?」
「……うん」
口の中。彼から貰った飴玉を転がす。確認はしてないけど、きっと色は赤だろう。
「………でも、何で?」
「…今日は、ホワイトデーだから」
覗きこむようにして見る僕から目を逸らすように、壁に掛けてあるカレンダーを見た。僕も、そっちへ視線を移動させる。
確かに。今日は3月14日だ。でも。
「僕、バレンタインに何もあげなかったはずだけど?」
てっきり彼からチョコを貰えると思って、僕は何も用意しなかった。だけど頂戴って彼に言ったら、オレは女じゃない、とキッパリと断られて。粘ったんだけど、結局キスも何も貰えなかった。
そんなだったから、ホワイトデーなんて関係ないと思ってたし、そのはずなんだけど。
「バレンタインは女性が愛する者にプレゼントを贈る日だが、ホワイトデーは男性が愛する者にプレゼントを贈る日だからな」
「……………。」
別に。バレンタインは、女がプレゼントを贈る日ってわけじゃなくて。あくまで一般的には、の話なんだけど。
「な、んだ?」
まぁ、滅多に体験できないことも体験できたし。いいかな。うん。
「ううん。君らしいなって思って。嬉しいよ。ありがと」
缶を彼の目の高さまで持ち上げ、カラカラと鳴らすと、僕は微笑った。離れていた手を、もう1度繋ぐ。
「でも、どうしようか」
「なんだ?」
「僕は、来年のバレンタインにお返しをするべきなのかな?」
「……好きにしろ」
僕の言葉に、呆れたように彼が呟く。非道いな。僕、これでも結構真剣なのに。
ああ。そうだ。
繋いだ手を、また離す。缶の蓋を開けると、僕は飴玉を1つ、自分の口に放った。彼の肩を掴み、僕にしてくれたのと同じようにして飴玉を彼に渡す。
「……っん。」
「お返し。ね?」
カラカラと音を鳴らしながら、微笑う。顔を耳まで赤くした彼は、バカ、と呟くと微笑った。
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