片想い
 近すぎず、遠すぎず。友達の距離で、岐路を歩く。時折触れ合う手を、何度か握ろうとしては、宙を掴む。吐き出す白い息の中に、微かに溜息が混じる。
「そういえば」
 思い出したように、呟く。その優しい声色に、その先に出てくる名前が誰なのか、気づいてしまう。
「リョーマがね」
 当たって欲しくない予感ほど、当たってしまうものだ。楽しそうにそいつの話をする不二を見て、オレは内心深い溜息を吐いた。
「って。ねぇ、聞いてるの?」
 一通り話し終えたあと、不二はオレの前に廻り込み、顔を覗き込んできた。いつもより少しだけ近い距離に、眼を逸らし、ああ、と呟く。
「そ。」
 オレの返事に満足そうに微笑うと、不二はまた隣に戻った。不二にとって、オレが内容を聞いていたかどうかなんて、本当はどうでもいいのだろう。肝心なのは、オレに確かめさせること、だ。自分の気持ちが、どこにあるのかを。
 ズルイ。
 声に出さずに呟く。不二はオレの気持ちにとっくに気づいているはずなのに、気づいていないフリを続けている。だからオレも、不二の気持ちに気づかないフリをしようとしているのに。不二は、こうやってオレに確かめさせるんだ。
 オレは。これ以上の何も、求めてはいないのに。
 また、自分の中に黒い感情が浮かんでくる。本来なら綺麗なはずの想いが、穢れていく。このまま臨界点を突破してしまったら。オレはきっと、不二を嫌いになってしまうだろう。卑怯者のとる術は、自分を哀れみ、相手を憎むことしかないのだから。
「今度、試合でもしようか」
「……なんだ?急に」
「最近、体動かしてないからさ」
「自主トレすればいいだろう?」
「いいじゃない。君と試合がしたいんだよ」
 オレを見つめ、優しく微笑う。襲われる、軽い眩暈。忘れてしまいそうになる事実を、何とかして踏み留める。不二が見ているのは、オレではないのだ、と。
 理屈では理解しているつもりなのだが。心がどうしても受け入れてくれないのは。恐らく、どこかで期待しているからなのだろう。不二の心変わりを。
 似ているのなら。代わりなら。代わりでも…。
 随分と弱気な想い。けれど、何よりも強い想い。
「いいだろう」
 不二とは目線を合わせずに、頷く。よかった、と呟く声が聞こえた。
 また、手が触れ合う。色々と考えていたせいなのか、敏感に反応してしまって。
「どうしたの?」
 不思議そうに、不二が見つめる。
「別に」
 呟くと、オレはコートのポケットに手をしまった。もう二度と、触れ合うことが無いように。
 諦めなければ、と。何度も言い聞かせる。そうでもしないと、無理矢理にでも奪いたくなる衝動に駆られてしまう。多分、その気になればそれは可能だろう。今、オレを躊躇わせているのは、卑怯な思いだけだ。悲劇の主人公を気取っていれば、全てを不二のせいにしてしまえる。
 だからと言って、このままの、綺麗なままの気持ちを貫けるほどの自信はないのだが。
 …ズルイのはお互い様、か。
 心の中で呟き、不二を見た。何を考えているのか、その口元には笑みが浮かんでいる。
 どうして、不二でなければ駄目なのだろう。探せば、きっと。オレのことを想ってくれる人はどこかにいるはずなのに。それが不二であって欲しいと、全てが解かっている今でも、ずっと信じている。そして、この想いがあるなら、そうでなくてもいいとすら思えてしまう。だが、まだ片道の想いだから。本当に傍に居て欲しいとき、不二の姿はどこにもない。心の切れ端すら掴めない。
 それでも、今、こうして隣に並んでいることに、何か意味があると信じて。届かなくても。この想いを抱いて、今は歩いていたいから。




♪それでも あなただけ待ってる 待ってるから
 いつものような 結末が見えても
 今はこの気持ちで 歩きたいの♪(柴田淳『片想い』)
どうして手塚はいつも卑怯者になってしまうのだろう?好きなのに。
でも、不二よりも手塚の方が自分が傷つく事に臆病だと思うんだよね。
逆に不二は大切な誰かを傷つける事に酷く臆病だと思う。


SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送