静まり返った部屋。雨音だけがやけに耳に五月蝿く響く。
「…手塚は、雨、好き?」
先ほどまでオレのベッドに横になり本を読んでいたの不二の声が、すぐ後ろから聞こえた。と同時に、椅子越しに抱きしめられた俺は、思わず書いていた文字を崩してしまった。
「……なんなんだ、急に」
回された腕はそのままに、オレは再びペンを走らせた。
「だから。手塚は、雨、好きかい?」
ゆっくりと耳元で囁く。耳にかかる吐息に微かに身体が震える。その隙に。俺の手からは、いつの間にかペンが奪われていた。
「返せよ」
ペンを捕る右手を掴もうと手を伸ばす。しかし、逆に俺の手は不二に捕らえられてしまった。
「じゃあ、質問に答えてよ。」
目の前でペンをひらひらさせながら、不二はクスクスと微笑った。また。踊らされている自分に気付く。だが、それも悪い気はしない。たまには、罠と知ってて自分から入り込むのもいいだろう。
オレはわざとらしく溜息を吐くと、不二の腕を解き、振り返った。
「……嫌いじゃない」
それだけ、答える。
「……そう」
呟くと、不二はベッドへと腰を下ろした。オレは暫く黙って不二を見ていたが、再び不二が本に目を通し始めたので、オレは立ち上がると不二の隣りへと座った。
「どうしたの?」
顔を上げ、不二が訊く。
「……ペン」
オレは不二の右手を指差しながら言った。
「ああ。ごめん」
苦笑すると、不二はペンを出した。一瞬だけ、互いの手が触れる。オレは何かされるかと思ったが、意に反して、不二はオレにペンを渡すと、そのまま本に目を落とした。その行動に、少しだけ落胆している自分に気付き、苦笑する。
「…で。お前は如何なんだ?」
手の中でペンを弄びながらオレは言った。不二は顔を上げ何かを考えるように宙を仰いでいたが、本を閉じるとオレに微笑いかけた。
「好きだよ。」
何が、とは言わずに答えると、不二はオレの手を捕った。その手から再び、ペンが取り上げられる。不二はそのペンを床に落とすと、オレの肩を掴み、押し倒した。
「……厭がらないんだね」
表情を変えないでいるオレを、不思議そうに見つめながら、不二が言った。
「…嫌いじゃない、から」
予想はしていたし。
見つめるオレに、不二は微笑った。オレの頬を一度だけ撫でると、不二は自分の唇にオレのそれを重ねた。唇を離し、額をぶつけ、微笑う。
「手塚の『嫌いじゃない』って、『好き』って事だよね」
言って、不二はもう一度オレに口付けた。少しだけ、自分の頬が紅くなる。
「……僕が、雨が好きなわけ、教えてあげようか?」
首筋をなぞられ、甘い声が漏れる。不二はそれに満足そうにクスクスと微笑うと、オレのシャツのボタンをゆっくりと外し始めた。
「雨が降ると、こうやって、君の傍にいられるから…」
胸に痕をつけると、顔を上げて不二が微笑った。つられて、オレも微笑う。どちらからともなく、唇を重ねた。
雨は止んでいないのに。五月蝿いくらいにこの部屋に響いていた雨音は、オレの耳からいつしか消えていた。
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