強く儚い者


「…また、負けちゃった」
 バッグに掛けてあるタオルで汗を拭き、不二は微笑った。ラケットをしまうと、ベンチに腰をおろす。
「やっぱり強いな、手塚は」
「当たり前だ。オレはいつも本気でやっているからな」
 不二の前に立つと、手塚は言った。
「…何故、お前は本気を出さない?」
 怒りを含んだ眼で、不二を見下ろす。けれど不二はその視線を受け流すように、また、微笑った。
「怪我人相手に本気出せって?」
「………完治した」
「ふぅん」
 何かを含んだような笑みを見せる不二に、手塚は溜息を吐くと隣に座った。ラケットとタオルを不二と自分の間に置く。
「はい」
 そのタイミングで、不二は手塚にドリンクを出した。無意識に受け取った手塚だったが、口をつける寸前で、その手が止まった。
 これって…。
「間接キス、だね」
 手塚のココロを読むように、不二が言う。その言葉に、手塚の手が微かに震えた。鼓動が、少しだけ速くなる。
「別に気にすることじゃないでしょ?部活の時はいつでもそうしてるんだし」
「…気にしてなんか…」
「じゃあ、どうぞ」
 クスクスと微笑う不二を睨むと、ぎゅっと目をつぶり手塚はドリンクを一口だけ飲んだ。そのまま不二とは眼をあわさずにドリンクを返す。
「あはははは。可愛いの」
 手塚から受け取ると、不二はなんの躊躇いもなくそれを飲んだ。手塚はまだ俯いたまま。
「……それにしても。珍しいね、手塚が僕を誘うなんて」
 急に真面目な声になった不二に、手塚は顔を上げた。謀ったかのように不二も手塚を見る。互いの視線がぶつかる。綺麗な澄んだ眼に見つめられて、手塚は動けなくなっていた。蒼く、深い眼。恐らく、手塚が不二という男に惹かれたきっかけ。
 時間が、止まったかと思った。
 静寂。風も止んだ所為で、手塚の耳には自分の鼓動だけが妙にはっきりと聞こえてきて。次第に速まる鼓動に、自分自身に、手塚は動揺した。それはほんの一瞬のことだったが、不二はそれを見逃さない。
「……何か遭ったの?」
 先に、沈黙を破ったのは不二。手塚を見る眼が、探るようなそれに変わる。その視線がもの凄く苦痛で。手塚は僅かに眼をそらした。気持ちの悪い汗の出ている両手を組み合わせ、生唾を飲み込む。
「……別に。」
 それだけを答えると、手塚は、また眼を伏せた。
 不二をテニスに誘った理由は無い。けれど、不二を誘った理由ならある。一緒に居たい。ただそれだけだ。こんなこと。不二に言ったら、哂うだろうか?オレが、まだ…。
「君が越前くんとやったのも、このコート?」
 越前、という言葉に、手塚は眉間に皺を寄せた。
「……ああ。そうだ」
 素っ気無く、答える。
「ふぅん」
 そんな手塚を見て、不二は口元に笑みを浮かべた。凡て知っているとでも言うように。
 越前。最近、不二の口からその名前をよく聞く。不二の視線を追うと越前に行き着く。きっと自分は誰も好きにはなれないと、オレに言った。あの時の不二の言葉に嘘は無かったはずだ。なのに…。
「…お前は、越前の事をどう思ってるんだ?」
 俯いたままで、手塚は言った。
「……どうって?」
 緊張気味の手塚とは対照的に、いつもの声で不二は訊いた。意地が悪い、と手塚は思った。オレの訊きたいことは、たったひとつなのに…。手塚は小さく喉を鳴らした。
「好き、なのか?」
 語尾が、微かに震えた。組んだ手に力がこもる。緊張しているようだった。試合でも滅多に緊張しないのに。駄目だな。こんな風だから、オレは…。
 沈黙の中、手塚の頭の中を負の思考が駆け巡っていた。が。それは不二の小さな溜息によって、中断された。
「解かんないんだ」
「……え?」
 思いもしなかった答えに、手塚は思わず顔を上げた。不二は手塚に笑みを見せると、宙を仰ぐ。
「そういえば。手塚は何で僕が本気を出さないのかって訊いたよね?」
「…あ、ああ。」
「実を言うとね。出さないんじゃなくて、出せないんだ」
「…なっ」
 本気を出せない、だと?
「僕には今までこれと言った願望…というか、欲望かな。それが無かったんだ。そんな事しなくても、大抵、何でも手に入った。だから、すぐに厭きちゃって。何かに夢中になるって言うことも無かったんだよ」
「………それと越前とどういう関係があるというんだ?」
「うん。だから、僕は自分の限界っていうのを知らないんだよね」
 そこまで言うと、不二は深呼吸をした。いつしか不二の視線は天から地に下ろされ、コート上に転がったボールを見つめていた。
「越前リョーマ。彼って不思議だよね。限界が無いみたいでさ。幾ら突き放してもすぐに追いついて来るんだ。今まで感じたことのなかったモノだよ。スリル、なんてさ」
 言って、不二は自嘲気味に微笑った。
 不二の真意が読めない手塚は、ただ、黙って不二の横顔を見つめていた。綺麗な眼だ、と手塚は改めて思った。綺麗な澄んだ眼。底が見えず、どこまでも堕ちていきそうな…。
 その蒼い眼にずっと映っていることが出来たらどれだけ幸せだろうか。だが、今不二の眼に映っているのはオレじゃなくて、越前。
 手塚は自分の胸に確かに感じる痛みを和らげようと、小さく深呼吸をした。そんなことで、痛みが癒えるわけは無いと知りながらも。
「僕はね、自分を知りたいんだ。もっと強い人たちと戦って、新たな自分を発見したい。彼なら、誰も知らない、僕ですらしらない僕を目醒めさせてくれそうな気がするんだ」
 言うと、不二は再び視線を宙に戻した。
「……不二。その役は…」
 オレじゃ駄目なのか?言おうとして、手塚は言葉を飲み込んだ。宙を見ている不二の眼には、今までに無かった強い光を宿している。もし今何かを言ったら、この光はすぐに消えてしまうだろうと、手塚は思った。だから、黙った。暫く、その光を宿した蒼い眼を、眺めていたかった。例え、その先に映っているのが自分じゃなくても…。
 驚いたな。まさかここまでココロの中を支配されているとは。手塚は自嘲した。胸の痛みはさっきよりもずっと酷くなったけれど、確信がその痛みにも勝っていた。自分は目の前に居る男が好きなのだ、と。
『悪いけど。君の気持ちには答えられない。きっと、僕は、今までもこれからも、誰かを好きになることは出来ないと思う』
 不二の言葉が頭の中を廻る。
「ごめんね、手塚。こんな話。君には少し酷だったかな?」
 いつの間にか、不二は自分の方を向いていた。心配そうな顔に、手塚は首を横に振った。安心したのか、不二は小さく溜息を吐いた。
「でも。だからと言って、好きだ、って言うわけじゃないんだよね…」
 誰に言うでもなく、不二は呟いた。多分、ココロの中で思っていたことが言葉になったのだろう。不二は自分が言葉を発したと言うことに気づいていないようだった。
 けれど。
 手塚は、しっかりとそれを耳にしていた。不二はまだ越前を好きだというわけではない。自分の中で呪文のようにその言葉を繰り返す。望みは、まだ、ある。これから自分がもっと強くなることが出来れば。もしかしたら…。
 それは凄く小さな可能性。だが…。
 手塚はラケットを持つと、立ち上がった。
「手塚?」
 手塚は不二の前に立つと、無言のまま、不二のラケットをとった。それを、自分を不思議そうに見つめている不二の目の前に差し出す。
「十分休んだだろう?もう一試合だ」
 自分のラケットと手塚を、暫く黙って交互に見つめていた不二だが、そのラケットを受け取ると、頷き、微笑った。
 例え僅かな可能性でも、零なわけではない。
「……―――――。」
 宙に向かって呟くと、自分の想いを確かめるように、手塚は強くラケットを握った。





いや〜。テストやっとこさ終わったよ。
不二くんって、いつになったら本気を出すんだろうね?
リョーマとやってたときも、何かまだまだ余裕あったような気がするんですよ。
だから、不二くんの本気って言うのは、
きっと、出さないんじゃなくて、出せないんだろうなって。
誰かが引き出してくれるまで、眠ってるのかな?って。
まあ、不二くんが強くあって欲しいって言う願望ですな(笑)

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