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想い出
 僕の居ないテニスコート。少し、淋しい感じがしたけど。僕が見ているのはいつも、僕の居ないそれだから。もしかしたら、大差はないのかも知れない。
 他の人はどうだかしらないけど。
 ……少なくとも、彼は。手塚は、変わりなさそうだ。
 これくらいの熱なら、大丈夫だと思ったんだけど。それに加えて熱射病なんて。ついてない。
 きっと後で、手塚に怒られるんだろうな。何故そんな無茶をした、って。
 でも、だって、仕方が無いじゃないか。それとも。
「……想い出を共有したいって思う僕が、馬鹿なのかなぁ」
「その通り、お前が馬鹿なんだ。全く。体調が悪いのに無理するなんて…」
「――え?」
 突然背後から聴こえた声に驚いて、僕は振り返った。
「手塚…」
「部活は休憩時間だ。……エアコンはついていなかったのか?」
「点いてたんだけど。消した。窓、開けてたくて」
「馬鹿。熱射病で倒れたんだから、エアコンくらいつけろ。ほら、窓」
「……はーい」
 ぶつぶつ言いながらエアコンのスイッチを入れる彼に、僕は苦笑すると、ベッドから降りて窓を閉めた。心配している割には、こき使うんだな、と。ぐらつく頭を押さえながら、思う。
「飲み物、買ってきた。ほら」
 ベッドに戻った僕の隣に座ると、彼は半ば押し付けるように僕にペットボトルを渡した。別に買ってこなくても、僕のバッグの中に入ってるんだけどな、なんて思ったけど。それは内緒で。ありがたくそれを受け取る。
 きっと、彼なりの気遣いなんだろうし。
「オレが保健室(ここ)に入ったのに気付かなかったな。何を見ていたんだ?」
「んー…、手塚」
「………は?」
「手塚を見てた、はずなんだけど。考えごとしてたらいつの間にか見失っちゃったみたい」
「……そうか」
 指を差して答えた僕に、彼はその手を掴んで下ろさせると、対して興味なさそうに頷いた。でも何故か、手は掴んだまま。
「相変わらず、訊かないんだね。考えごとの内容」
「話したくなったら、お前は勝手に話すだろう?」
「僕がどうって言うんじゃなくて、手塚が知りたくないのかなってこと。今訊いてるんだけどな」
「……お前の考えることは、訊いても分からないからな」
「あえて訊いたりはしない、と」
「まぁ、そんなところだ」
 目をそらし、グラウンドを眺めながら呟く彼に、僕は少しだけ淋しい気持ちになった。理解できないからと言って、こんな風に諦めてなんか欲しくないのに。
 ああ。やっぱり、彼の言う通りだ。
「想い出の、共有。したくて、さ」
 言葉を発し始めた僕に、彼は小さな溜息を吐くと、向き直って僕を見つめた。なんだかんだ言って、僕が話し始めたら、理解しようとちゃんと聞いてくれるってこと。分かってるし、嬉しいから。訊かれなくても、ついこうして話してしまうんだろうな、なんて。
 ただ、もう少し欲を言うなら、先に興味を持って欲しいと思う。僕が切り出してからじゃなく、その前に。手塚から、先に。
「それで今日、ちょっと熱があったのに来ちゃったんだ。まぁ、予想外に倒れちゃって。結局、僕は少ししか想い出を共有出来なかったんだけどね」
 溜息を吐き、微笑ってみせる。けど、彼は眉間に皺を寄せたまま、僕の顔をじっと見ていた。多分、分かってない。
「僕はね、大好きなヒトと同じものを同じように感じたいんだ。でも、それって無理」
「まぁ、考え方や感じ方は、人それぞれだからな」
「そ。だからせめて、想い出だけでも同じがいいなって思った。出来る限り」
「……そんなくだらない理由で、無茶をしたのか?」
「くだらないって。手塚にとってはくだらないかもしれないけど。僕にとっては結構重要なことなんだよ?」
 同じ想い出を持ってるってことは、思い出した時に必ず彼が居るってことだから。それが辛いと思うときもあるかもしれないけど。でも、いつかきっと、大切な想い出になるから。
「……不二」
「ん?」
「日々の出来事なんて、全て憶えていられるわけじゃない。だったらオレは、そんな忘れられるような想い出の中には居たくない」
「大丈夫だよ。僕はこう見えても、案外記憶力は…」
「オレはっ」
 僕の言葉を遮るように言うと、彼は掴んだままだった手を解いた。指を絡めるようにして、今度は手を繋ぐ。
「その他多くの想い出じゃなく、忘れたくない、忘れようと思っても忘れられないような、大切な想い出の中に居たいんだ。それに、想い出を共有したいなら、これから作って行けばいいだろう?」
 耳まで真っ赤に染めて、けれど真っ直ぐに僕を見つめて彼は言った。そして、だからこんな無茶はするな、と小声で付け足す。
「………分かったよ」
 苦笑し、手を握り返すと、僕は思い切り彼の手を引いた。向かってくる彼の体を強く抱きしめる。
「お前っ、体調悪いんじゃ…」
「悪いよ。だから今日は、手塚を抱きしめるので精一杯。ごめんね」
「何がごめんだっ。まだ部活の途中なんだ。当たり前だろう」
 文句を言いながらも、抵抗しようとせず。寧ろ僕の背に手を回してくれた彼に、僕は微笑った。
 そして、心の中で、ありがとう、と、ごめん、を呟いた。


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