「じ…」

 白濁した意識の中

「不二っ」

 願うのは

「はっ、ぁ……あああっ!」


 この悪夢の終極と記憶――。




白い、悪夢




「……随分と懐かしい夢を」
 視た、ものだな。
 じわりと額に浮かんだ汗を拭い、深呼吸をする。静かに躰を起こし、隣で眠る者の顔を覗く。数時間前の表情とは反対とも云える安らかなそれ。肩を寄せるようにして再び仰向けになり、目を瞑る。そうして中心に集まってしまった熱を散らす為、聴こえてくるゆったりとした寝息に自分の呼吸を重ねた。何度も何度も、それが自分のリズムになるまで繰り返す。



 夜毎のように不二に抱かれる夢を視た。
 理由は分からないが、気がつくとそんな夢を見るようになっていた。
 気がつくと、というのは、夢の内容をはっきりと覚えていた日付は分かるものの、思い返せばぼんやりとではあるが、それ以前にもそんな夢を視ていたような気がするからだ。夢を視ていないと思っていても、たんに思い出せないだけであるというのは珍しいことではない。だから、いつからこんな夢を視だしたのか断定は出来ない。せめてその日が分かれば、そこから紐解き原因らしきものを見つけられそうなのだが。
 しかし、原因を見つけたとして。それで夢が終わるとは限らない。夢のメカニズムについては未だ解明されてはいないが、深層心理が視せているという者もいる。それはこんな、そのままの映像(カタチ)で夢になるのではないらしいのだが。もしこれが、オレの深層心理で。もしオレが、心の奥底で不二を求めていて。もしこれが、恋というものなのだとしたら。
 これ程の、悪夢はない。

 殆んど毎夜視ているのにも関わらず、その夢を見た朝は必ず躰に熱を宿している。
 それまで自慰というものを滅多にすることはなかったのだが、今や欠かせないものになってしまっていた。
 恐らく、部員の誰一人としてオレがこのようなことをしているだなんて考えてもいないだろう。オレだって、まさか自分にここまで性欲らしきものがあるとは思ってもいなかった。夢を視るまでは無関心に近かった。
 そう、夢を視る、までは…。


「おはよう、手塚」
「あ。…ああ」
「ああ、じゃなくて。朝は、おはよう、でしょ」
「……おは、よう」
「おはよう」
 向けられる笑顔に、鼓動が高鳴る。
 それまでは何とも思っていなかったはずなのだが、それ以来、不二を見るだけで躰が熱くなるようになった。夢が、フラッシュバックする。
 悪夢といっても、男に、不二に抱かれることに対する嫌悪はない。寧ろ夢の中でオレは不二の熱を悦んで受け、覚めた朝は余韻に浸りながら自己処理をしている。嫌悪するのは、その後。そんな夢を視、それだけでは飽き足らず、更に妄想を膨らませて己を慰めている自分、欲に塗れた醜い自分に、だ。

「どうしたの、手塚。最近何か元気が無いっていうか、落ち着きが無いみたいだけど」
「いや、別に…」
 ああ、そうか。
「手塚?」
 これが夢だからいけないのだ。オレの欲望が視せていると思うから、自分の醜さに嫌悪する羽目になる。
「不二」
 ならば、その夢を現実に摩り替えてしまえばいい。どうせ、このまま時間を過ごしていても、決して叶わぬ想いなのだから。
「ひとつ、頼みがある…」
 せめて、悪夢だけでも。
「オレを――」


 不二は持ち前の好奇心のせいか何のせいかは知らないが、理由も訊かずに承諾してくれた。それで構わなかった。一夜の、気紛れだとか過ちだとかで表現されるような関係で充分だった。
 オレが抱かれる理由はとても自分勝手なものだから。
 不二に抱かれることで毎夜視る夢を今夜の記憶に摩り替えられれば、自分の醜さに触れないで済むと。そんな浅はかな理由。

「っあ…」

 触れる肌は白い見た目と反して温かく、オレを抱く腕は細い見た目と反して力強かった。
 それは、毎夜夢で視ていたものと違わぬ光景で。感じる熱と痛みに何度も、これは現実なのだと言い聞かせ、そしてただひたすらに願った。
 悪夢の終極と記憶を。



「おはよう、手塚」
「あ。…ああ」
 呼吸を重ねているうちにいつの間にか眠ってしまったらしい。まだ覚醒しきっていないのろのろとした動きで躰を起こし眼鏡を探そうとするオレの腕を掴む、白く細い腕。もう片方が起き上がった肩へ伸びたかと思うと、オレの腕と肩はベッドへと押し付けられた。顔を確認する間もなく、唇を重ねられる。
「…不二」
「ん?」
「………すまない」
「朝は、おはよう、だよ」
「おは、よう」
「おはよう、手塚。…それに、その理由の分からない、すまない、はもう聞き飽きたよ」
 幾ら考えても心当たりがないってことは、僕はそんなに気にしてないってことなんだからさ。もう、そんな辛そうな顔して謝らないで。オレの躰を跨ぎ、上体を折る。胸に唇をあてきつく吸い上げると、鼓動を聞くように耳を当てた。寝癖なのか、柔らかいその髪が喉元に当たってくすぐったく。一度だけその髪を手で梳いては、顔を上げさせた。
 不思議そうに見つめる不二の目を、真直ぐに見詰める。
「好きだよ、手塚」
「……ああ」
 言葉に、笑顔に、温もりに。夢でも一夜の記憶でもないのだと、実感する。
 最初で最後だと思った性交は、結局ただの始まりでしかなかった。不二の気持ちも何も考えていなかった、浅はかなオレの行動。だがそのお蔭で、もうオレは悪夢を視ない。
 そしてその代わり、夢に視た、けれど終わることの無い現実が今、ここに――。




白濁した意識の中 願うのは この悪夢の終極と記憶
この一言を使いたいなぁと思っていたらするすると中身が浮かんできました。
手塚はむっつりだよ(笑)。もうね、手塚みたいな真面目っぽい人が淫乱なのが良いよ。
それにしても、喘ぎ声はさむいよ(笑)


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