秋桜と蒲公英
「お前らしいな」
「どういうこと?」
「……おめでたい」
「なに、それ」


 夢を見た。彼の夢を。
 何で今更、と思った。
 別に彼に限ってのことじゃなくて。他の誰でも。
 僕の夢に家族や友人が出ることは少ない。夢自体余り見ないし、見たとしても人間らしきものは出てこない。
 稀に知り合いが出ることはあるけど。それは大抵正夢になる。

 なんて。

「まさか、ね」

 だってアレは、過去の記憶。
 今から3年前。中1の秋の話だ。


「はい」

 今思い返せば自分でも、大分ネジが緩んでたと思う。
 ようやく見つけた彼に走って行くと、僕は手に持っていた花を差し出した。おめでとう、と付け足して。
 当然、突然の僕の行動に、彼の顔には疑問符が浮かぶ。
「ごめん。僕、さっき知って。でも持ち合わせも時間も無くて。花(これ)くらいしか」
 でも僕は、申し訳ないという気持ちでいっぱいで。肝心なことが抜けていたことに気づかなかった。
 だから、一向に花を受け取ろうとしない彼に、ますます焦った。
「ごめん。普通、男の子は花なんかもらっても嬉しくないよね。僕は植物好きだから嬉しいけど。ほんと、ごめんね。もっと早くキミの誕生日を知ってたら、ちゃんとしたものを用意したんだけど」
 誕生日、という単語が出たことで納得したんだろう。彼は、いや、と呟くと、僕の手から花を受け取った。
「オレも花は好きだ。よく祖父と登山に行くから」
 こうして冷静に振り返ってみると、登山に行くから花が好きというのは大分強引なこじつけだと分かる。
 けど、僕は彼が花を受け取ったことに安心してたし、きっと彼も内心同じように焦ってたのだろう。あの時は何の疑問も持たずに僕たちはその言葉で頷きあった。
 そしてその後で、彼は呆れたように言ったんだ。
「変なやつだな」
「何?」
「別にオレの誕生日を知ったからって何かを用意しないといけないわけではないだろう?知らないフリだって出来る」
 それなのに。呟くと、彼は花に目を落とした。
 そのことに、やっぱり迷惑だったのかと思った僕は、慌てて、来年はちゃんとしたの用意するから、と言った。
 暫くの沈黙の後で、彼が、そうか、と呟く。そうして僕を見た顔は穏やかで。だから僕は、この約束だけは絶対守らなくちゃと、彼の誕生日を頭に叩き込んだ。約束、といっても、今から考えれば、随分と一方的なものだったのだけれど。

 そのあとだ。

 強く握り締めて彼を探し回ってたせいなのか、彼の持っていた花が早くも元気をなくし始めていたことに僕は気づいた。
「手塚くん、来て」
 彼の手を掴み、水道へと走る。そこで僕は自分の持っていたペットボトルの中身を水にかえると、花を挿した。
「はい。家に帰るまでの応急処置」
 はじめからこうして渡せば、もっとプレゼントぽくなってたかもね、と。渡しながら思った僕はそのまま言葉にした。丁寧に受け取りながら、彼が、そうだな、と呟く。そのあとで、そうだ、なんて言うから。僕は総て彼の呟きだと思って反応が遅れてしまった。
「不二の」
 名前を呼ばれたことで、ようやく花から彼へと視線を移す。
「え?」
「いや。不二の誕生日はいつなのかと思って」
 見つめた僕に、彼は何故か目をそらしながら言った。2月29日だよ、と答えると、彼は目をそらしたまま、お前らしいな、と呟いた。
「どういうこと?」
「……おめでたい」
「なに、それ」
 なに、それ。とは思ったけど。おめでたい、と言って僕を見た彼の目は約束を交わした時みたいに穏やかだったから。僕は、なに、それ、と呟いただけで終わった。
 バカにされたわけじゃないって、彼の目は言ってたのに。僕は何故か顔がカッと熱くなっていた。


「あの時、惚れたのかなぁ」
 それとも。自覚してないだけで、もっと前から?
 でも考えてみると確かに。誕生日だって知っただけでアレだけ焦るのは異常だ。やっぱりもっと前、多分出会った時から僕は。彼に惹かれていたのだろう。
 となると、4年近く、片想いをしてるわけだ。
 それでも今まで彼が夢に出ることが無かったのだから。これは、もしかしたら。
「なんて。それはないって」
 言いながら、誰に言い聞かせているのだろうと思って、笑った。
 ふと時計に目をやると、もうそろそろ家を出ないとヤバイ時間だった。
 過去に浸ってる暇はない。僕は現在の生活で手いっぱいなんだ。

 学校に行くと案の定、僕の誕生日を知ってるやつらから、4歳の誕生日おめでとう、と言われた。男連中からもらったプレゼントの殆どは対象年齢3歳以上だとかなんだとかって書かれた玩具やお菓子で。ようやくこれで遊べるな、なんて言いながら渡してくるやつには、『以上』はその数も含むんだぞ、なんて言い返しながら。僕は彼らの厚意を有り難く受け取った。

 帰り道。ようやく最後の女子(どうやら彼女は僕非公式のファンクラブの会長らしい)との会話を終わらせると、僕は両手にいっぱいのプレゼントを抱えて帰路についた。

「ありがとう。姉さんが気づいてくれなかったら、僕、うちに帰れなかったかもしれないよ」
「なに言ってるのよ。これくらいで」
「ほら、僕、今は帰宅部だからさ。体力なくなっちゃってね」
 後部座席に乗せていたプレゼントを持ったことで両手がふさがった僕に、姉さんは当然のように回り込んでドアを閉めてくれた。ついでに、先回りして玄関も開けてもらう。
「ありがとう」
「なに言ってるの。今日は周助の本当の誕生日だもの」
「それって、今日が終わったらもう優しくないってこと?」
「私はいつも優しいでしょう?」
「……それもそうだね」
 言いながら、靴を脱ぐ為に一旦置いておいた荷物を再び持とうとしたとき、そこに見慣れない靴があることに気づいた。
 最初は裕太のものかとも思ったけど、その隣には僕の知ってる裕太の靴もあるし。
「……まさか」
「お客さん。部屋にあがって待っててもらってるわ。だから私はあなたを迎えに行ったのよ。偶然周助の学校の前を通るわけないでしょ」
 姉さんが笑いながら何か言ってたけど。僕は殆ど聞いてなかった。バタバタと足音を立てて階段を上る。

「ほら」

 ドアを開けると、彼は僕が何か言うよりも先に、持っていたペットボトルを差し出した。
「おめでとう」
 よく見ると、そのボトルの蓋は開いてて。そこから一輪の、黄色い小さな花が咲いていた。
「お前の好みが分からなくて。ちゃんとしたものが用意出来なかった」
 すまないな、言いながら僕の手を取り、しっかりと手渡す。
 慌てていて、荷物を玄関に置きっぱなしにしてきて良かった。彼の温みを手に感じた時、ぼんやりした頭でそれだけははっきりと思った。
「でも。どうして」
 暫く握っていた彼の手が、僕の手から離れた時。思わず呟いた。
「僕はこの前のキミの誕生日、何もしなかった……」
 自宅に寄らずそのまま家に来たのだろう。彼は傍らにあったテニスバッグを手にとると、さぁな、と溜息混じりに言った。
「忘れたフリも出来たのだが。どうしてか、来なければいけないような気がして……」
 本当に分からないのか、彼は首を傾げては僕を見た。
 その目はいつかに見た穏やかな目で。僕は自分の顔がまたカッと熱くなっていくのを感じた。
 けど。
「折角の誕生日、邪魔したな」
 しっかりとテニスバッグを肩にかけ、僕の横を通り過ぎようとする。だから思わず。
「……どうした?」
「……ううん。わざわざありがとう」
 強く掴んでしまった彼の腕を離し、ボトルを置くことを口実に更に彼と距離をとった。
 そのまま。机に手を置き、背後で扉の閉まる音がするのをずっと待っているつもりだったのに。いつまで経ってもそれは聞こえてこなくて。
 思わず、振り返ると。またあの目に捕まった。
「手塚っ」
 好きだよ。言いそうになるのを堪え、またね、と微笑う。
「……ああ、また」
 僕の言葉に思い出させられたように彼は言うと、僕を見つめたまま扉を閉めた。彼の姿が見えなくなる瞬間、彼の唇は、4年後に、と動いていた気がしたけど。階段を下りる音に、僕はそれを確かめることは出来なかった。

 窓から見える彼の後ろ姿に、深く溜息を吐く。
「また……。今度は10月に、ね」
 4年もなんて待てないから。今度のキミの誕生日には、僕が会いに行くよ。
「ねぇ、手塚」
 好きだよ。今でも。多分、いつまでも。
 もう一度溜息を吐いて振り返ると、机の上の黄色い花が目に留まった。彼から初めてもらう、誕生日プレゼント。
「ごめんね、本当はちゃんとした花瓶に入りたいんだろうけど。まだ、今は。そのままで……」
 近づき、彼の手の温みを思い出すようにそっと花を撫ぜると、僕は家族の待つリビングへと笑顔で向かった。


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