呪文 -side T-
「好きだよ」
 時々。思い出したように、不二は言う。そして、オレと目が合うと唇を合わせ微笑む。勿論それは周囲に誰もいないとき。主としてどちらかの部屋である時が多いが、口付け以外ならこいつは場所を厭わない。
 そしてオレは、幾度それを繰り返されても慣れることはなく。微笑みを交わした後の視線をどうすればいいか分からなくなる。
 だから今日も、オレの背後ではカシャンと金網の音がする。
「これは油断?」
 スマッシュを決めた不二はネット際に寄るとしたり顔で言った。
「それはお前だ、卑怯者め」
 ブレイクされたオレは転がるボールを拾い、その顔に投げつける。
「僕は油断なんてしてないよ。それにこれは作戦。いや、必殺技といった方がいいかもしれないな」
 あっさりとボールを受け取られ、オレは不満げな溜息を吐いた。
 今度は不二が、ボールを投げてくる。
「ねぇ。野球部員にでもなるつもり?」
「まさか。オレにはテニスしかない。知っているだろう?」
 ラケットを使わず、ネットを挟んでのキャッチボールが続く。わざと高くボールを放ると、不二は眩しそうに目を細め、受け取った。そのまま、視線を降ろさない。
「不二?」
「……うらやましいな」
 呟いて、高くボールを放り投げる。
 視界に入る太陽に片目を瞑りながら、辛うじてボールを受け取り視線を降ろすと、不二がオレを見つめていた。
 真っ直ぐなはずの視線は、それなのに、何処か頼りなく思うのは気のせいではないだろう。
「僕には」
「何もない、などとは言うなよ。何のためにオレが居ると思ってる」
「……でも、君にはテニスしかないんでしょう?」
 何故か不二の方が苦笑をして言うから、オレはストレートを再びその顔面に向けて投げた。
「危ないなぁ」
 不二の声から僅かに遅れて、カシャンと金網が鳴る。
「避けるなよ」
「あんなの素手で受け取ったら突き指しちゃうよ」
「白鯨(自分の球)は素手で受け取るだろう?」
 オレの言葉に、不二が口を歪めて笑う。
 その意味を問おうと口を開くと、先回りするように、あの言葉を言われた。好きだよ、と。
 そうして立ち尽くしたまま微笑む不二に、オレはどうしても触れたくて。思わず手を伸ばした。
 歩み寄る。互いに。視線を交えたまま。
「好きだよ、手塚」
 そうしてネット越しにオレたちは口付けを交わした。




隠された不二の真意はside Fに。
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