夜。電話の鳴る音がして、オレは眼を醒ました。暗闇の中、枕元を探る。
「…………。」
 電話の表示を見てみるものの、眼鏡をかけていないので、誰からだか解からない。しかし、携帯電話を買った目的が目的なので。この番号を知るものは家族以外、ただひとりしかいない。
 オレは小さく溜息を吐くと、電話を繋いだ。
「手塚?」
 耳に入ってくるのは、予想通りの声。
「……不二、か」
「うん。ごめん、寝てた…よね?」
 欠伸を噛み殺しているのが解かったのだろうか。不二は少し申し訳なさそうな声で言った。
「……まあ、な」
 起きていた、とこいつに嘘を言ってもすぐにばれてしまうだろう。オレは正直にうなづいてみせる。
「そうだよね。もう11時だもんね。君はもう、おねむの時間だ」
 言って、受話器越しにクスクスと微笑う。顔は見えないが、言い方から察するに、多分、いつもオレをからかっているときの顔になっているのだろう。
「…何が可笑しいんだ?」
 少しだけ、むくれた声になる。それを聞いた不二は、声を上げてあからさまに微笑った。
「いや。相変わらずだなって思ってね」
 君もそろそろ高校生なんだから、夜更かしすること覚えたら?と言って、また、微笑う。
 よく言うよ。
「……お前が居るときはいつも遅くまで起きているだろう?」
 言った後で、問題発言だったと気づいたが、それはもう後の祭り。受話器の向こうで不二が嬉しそうな顔をしているのが目に浮かぶ…。
「でも、今度は自分の意思で起きられるようにしなきゃね」
 案の定、笑いを含んだ声が返ってきた。いつもは読めない奴の行動を読むことが出来たのだが…嬉しくない。
「あー。怒らない、怒らない」
 まだ語尾が笑いで震えている。オレは諦めにも似た溜息を吐いた。
「……で?何の用だ」
「ん?」
「だから。こんな時間にわざわざ電話して来るんだから、それなりの用があったのだろう?」
「…………。」
「…………。」
「…………。」
「……おい」
 まさか、用もなしに人の眠りを妨げたのではないだろうな?
「不二?訊いているのか?」
 電波が、悪いのかと思った。それほどまでに長い沈黙。オレは携帯電話を耳から離すと、アンテナを見ようとした。途中で、眼鏡をかけていなかったことを思い出す。
「……んだ」
 突然、聞こえた声。オレは慌てて電話を耳に当てた。
「何だ?」
「月が…綺麗だったんだ。満月でね。手塚のところからも、見えるかな?」
「……少し、待ってろ」
 オレはベッドから降りると、眼鏡をかけ、カーテンを開けた。成る程…。
「…綺麗でしょ?」
「ああ。綺麗だな」
 冬の澄んだ空気に、満月の月はいつもよりも綺麗に輝いている。その周りにある、星も。そう言えば、不二は天文学に興味を持っている、と以前に聞いたことがあったな。
「…これを、見せたかったのか?」
「うん。独りで見てたら勿体無い気がしてね」
 勿体無い、か。不二らしい。オレは受話器越しに苦笑した。
「でさ。ちょっとだけ、淋しいとも思ったんだ。独りで見てるの。だから…」
「何だ?」
「手塚、寒いかもしれないけど、窓開けて下見てくれる、かな?」
 ……下?
 不審に思いながらも、とりあえず、上着を羽織り、オレは窓を開けた。入ってくる冷気に身を縮ませながら、身を乗り出し、下を見る。と…。
「っ不二!?」
 窓の外には、携帯電話を片手に、こちらを見上げている不二の姿があった。
「何をやっているんだ、こんな所でっ」
 呆然と見つめるオレに、寒いのだろうか、不二は軽くジャンプしながら大きくてを振った。
「だから、言ったじゃない。独りで見てると淋しいかなって。君と一緒に見たかったんだ」
 平然と言ってのける。そう言えば、電話には多少の雑音が混ざっていた。幾ら淋しいとはいえ………って…。
「ちょっと待て。お前、いつからそこに居たんだ!?」
「いつからって…。そうだなー。君に電話するちょっと前には居たからな…」
 ………呆れた奴だ。それなら、直接家に来ればいいのに。
「君ん家ってさ、そういうとこ、結構厳しいでしょ?だから、電話だけにしておこうかなって思ってさ。でも、やっぱりそれだと淋しいし。だから、まあ、ね。…ごめん。迷惑、だったかな?」
 受話器から聞こえてくる声が小さくなる。窓から見える、不二の顔が曇る。
「別に。迷惑などではない。嫌だったら、とっくに切っている」
「………ありがとう。」
 オレの言葉に、不二が微笑ったのが解かった。つられて、オレも微笑う。
「…やっと、微笑ってくれたね」
「あ?」
「手塚だよ。今日、学校でも一日中微笑ってくれなかったからさ」
「そうだったか?」
「そうだよ」
「…………。」
 今日はと言うより、いつも微笑っていないような気もするが。多分、オレ自身でも解からない感情の変化をこいつはいつも感じ取っているのだろう。
「そう、かも知れないな。今日は委員会のほうでトラブルがあってな。色々考え事をしていたから…」
「君の悪い癖だよ。責任を持つのは良い事だけど、そうやって他人のことばかりいつも気にしてると、身体、壊すよ?」
 呆れたような、心配そうな声が聞こえてきた。…他人の事を気にしているのはどっちなんだか。オレは苦笑した。
「僕が考えてるのは、他人のことじゃなくて、君のことだけだよ」
 遠目に見えるオレの表情を見て察したのだろうか。微笑いながら、不二が言った。その言葉に、少しだけ、顔が紅くなる。
「………ごめんね。起こしちゃって。そろそろ帰るよ。寝不足は身体に悪いからね」
 満足そうな笑みを向け、おやすみ、と呟くと、不二はオレの返す言葉も待たずに一方的に電話を切った。窓の外では既に、オレに背を向けて歩き出している。
「…勝手だな、全く」
 オレは、眼鏡と電話を置くと、溜息と一緒にベッドに横たわった。眠ろうと、眼を閉じる。
 ………。
 ………………。
 ………眠れない。あいつの所為だ。変な時間に起こしたりするから。
 オレは身体を起こすと急いで服を着替えた。階段を降りる音に気づいた母が何かを言っていたが、そんな事に構っている余裕はなかった。
 いつもはきちんと履く靴も、踵を潰して。オレは外へと飛び出した。
 電話を切ってからそう時間は経っていない。不二にはオレを眠れなくさせたことの責任を取らせなくては…。





ジャンプ見ました?
大石、黒いっスね(笑)
手塚部長、戻ってこないかもしれないとか言われてましたが。
そんな事、不二が許しません。
したがって、彼は冬には戻ってきています!(笑)
ちなみに、手塚がケータイを買ったのは、不二君との連絡をとりやすくするため。
遠距離恋愛かぁ…。

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