KIOKU
 何故か不二の機嫌がいい。
 泊まるからなのかと思ったが、それは珍しいことではないし、誘ったのは不二の方だ。
 それなのに、この上機嫌。何か企んでいるのではないかと思ってしまう。
「不二。随分と機嫌がいいんだな」
「そう?うん。そうかもしれないね」
 問いかけたオレに、不二は微笑んで返すと持ってきたアルバムに目を落とした。それには、不二がこの三年間で撮りためた青学テニス部の写真が仕舞われてある。
 不二が見ているページには、まだ友人とすら言えない距離を保っていた二人。あの頃は、まさかこうして不二と。
「この頃は、手塚とこんな風になるなんて思わなかったなぁ」
 オレが思ってたことを不二に言われ、考えていることを読まれたのかと一瞬どきりとした。しかし、ね、と微笑みながら言う不二に、ただ同じことを考えていただけなのだと思い返した。
 いや、それはそれで、充分に胸を高鳴らせる出来事ではあるが。
「不二……」
「ねぇ、手塚。三度目の正直だと思ったけど。やっぱり駄目だったみたいだね」
 口を開きかけたオレを遮るように、不二は言った。その言葉の意味が分からずにいると、不二は可笑しそうにクスクスと笑いだした。
「何を笑っているんだ?」
「それでこそ手塚だなって思って」
「意味が分からないぞ」
「そういう君のどうしようもなさが、ほんと、好きだよ」
 オレに寄りかかりながら不二は笑い続ける。その意味の分からなさにいい加減苛立ってきた頃になって、不二はようやくオレから体を離した。
 アルバムに触れていた手を持ち上げ、目の前のカレンダーを指差す。
「ねぇ、手塚。今日、何日か知ってる?」
「今日?今日は27日だが」
「明日は?」
「28日だろう」
「じゃあ、明後日は?」
「1日だろう?」
 オレの答えに、不二がまた笑い始めた。なんだ、と口を開く前に、今年はね、と不二が付け加える。
 今年は。今年は?どういう意――。
「そうか」
「よかった。思い出さなかっただけで、ちゃんと記憶はしておいてくれたんだね」
 オレはようやくそれまでの不二の言葉の意味を理解した。しかし、忘れていたというのに、どうして不二がそんな表情をするのかまでは分からなかった。
「嬉しいな」
「何がだ?オレはお前の誕生日を忘れていたんだぞ」
「でも、記憶していてくれた。去年も一昨年も、君は知らないって言ってたんだよ?入部した時の自己紹介で、名前と血液型と誕生日は言ってたはずなのに」
「そう、だったか?」
「そうやって……。でも、去年の僕の誕生日に、君は来年こそはちゃんと覚えておくって言ったんだ。約束、守ってくれたんだね」
 どうして忘れていたのに、覚えていたことになるのか。思い出さなければそれは覚えていなかったのと同じなのではないかと思ったが、不二があまりにも嬉しそうに話すので、オレは何も言えなかった。
「来年も、きっと思い出さないんだろうね」
「来年は閏年だろう?ちゃんと29日が来るんだ」
「思い出す?」
「……つもりだ」
「つもり、か。ほんと、どうしようもないね」
 どうしようもないなあ、と繰り返し、不二がまた笑い出す。その表情に何故か置いていかれた気がしたオレは、うるさい、と呟くと、不二の手からアルバムを取り上げては唇を重ねた。
「手塚。まだ、早いよ?」
「バカ。そういうつもりではない」
 額を重ね合わせ不二の言葉にそう返したものの、オレの手は取り上げたアルバムから離れ、不二の指先へと向かっていた。




どうしようもないなぁ。って。思ってたらいいな。


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