思い立ったが吉日
 会いに来た。そう言うと、不二は部屋に入り込んできた。寝巻き姿だったオレはどうしていいのか分からず、ただ呆然とカーテンを全開にする不二を眺めていたのだが。
「……お前、どうやってここに来た」
「どうって。今朝は運よく姉さんを捕まえられたから、乗せてもらって」
「そうじゃなくて。この部屋に、だ」
「合鍵持ってるわけじゃないんだし、当然君のお母さんに入れてもらってだよ」
 やはりか。クスクスと笑いながら答える不二に、オレは深い溜息をついた。
 祖父が応対をしたのならばオレを玄関まで出させるはずだし、父にしても恐らくはそうするだろう。ったく。幾ら母が不二を気に入っているとはいえ、こんな風にされては困る。不二を追い返せとまでは言わないが、せめてオレが支度を済ませるまでリビングで待たせておいて欲しい。
「それで。何しに来た?」
「あ、手塚。別に着替えなくていいよ」
「すぐに帰るのか?」
「そうじゃなくて……」
 寝る前に用意していた着替えに手を伸ばしたオレを制すと、不二は勢いよくベッドに座った。距離をつめ、覗き込むように見つめてくる。次第に縮まっていく距離に危ないと思った時には、既に唇が触れていた。
「どうせ脱ぐことになるから」
「馬鹿かお前は。どけ」
「だって手塚、今日は予定ないんでしょう?」
「することがないからといって、やる奴がいるか」
「自慰を覚えた猿はずっとやってて、それで死ぬこともあるらしいよ」
「生憎、オレは人間なんでな」
 絡み付いてくる不二の手を振りきり、ベッドから降りる。だが、オレが手にするよりも先に、不二に着替えを奪われた。仕方ない。溜息を吐くと、不二は頬を緩めたが、構わず洋服箪笥から新しく着替えを出した。
「ちょっと、手塚」
「大体、家族が下に居るんだぞ?」
「……それって、いなければいいってこと?」
「余計に無理だということだ!」
 笑いを含んだ不二の声に苛立ち、引き出しを思い切り押し込んで振り返る。
「っ」
 一瞬、何が起こったのか分からなかった。
 だが、暫くして開けた視界に映った不二の顔の近さに、オレは今自分が何をされたのかをようやく理解した。再び距離を詰める不二の胸を押しやる。その拍子に手にしていた服が零れ落ち、気がそれた隙に唇を奪われた。
 構えていなかったため呼吸が上手く取れず、息苦しさに、不二の胸を拳で強く叩く。
「ったいよ、手塚」
 少し強く叩き過ぎたのかもしれない。不二はよろけるように離れると、何度も空咳を繰り返した。自業自得だ。オレはオレで口元を伝うものを拭いながら、深い呼吸を繰り返す。
「お前は。何しに来た?」
「だから、手塚に会いに。もうちょっと言うと、目が覚めたら手塚としたいなと思って、それで」
「来たのか?」
「うん。ご飯も食べずに。あ、シャワーだけは浴びてきたけどね」
「馬鹿か?」
「思い立ったが吉日っていうじゃない。別に、馬鹿でもいいけど。馬鹿だったら、してくれる?」
「するか、馬鹿」
「だから、馬鹿なんだって」
 話にならないな。呆れてため息を吐くオレに対し、不二は相変わらず笑みを浮かべている。とはいえ、このまま流されてしまうわけには行かない。脱力しかけた拳を強く握りしめ、不二を追い返すために思い切り息を吸い込んだ。
 しかし、オレの息は声にすることは出来なかった。階下から、母の朝食へと不二を誘う声が、響いていた。
「だってさ、手塚。僕、お呼ばれしたから行ってくるよ。君はどうする?」
「ここはオレの家だ。食べるに決まってるだろう」
「その恰好で? 着替えるなら、僕が手伝ってあげようか?」
「ふざけるな。さっさと行け」
 足元に落ちていた着替えを拾い上げた不二の手からそれを奪うと、オレは不二から距離をとった。しょうがないなとでもいいたげな溜息が不二の口から零れてくる。
「じゃあ僕は先に言って、君のお母さんのお手伝いでもしてこようかな。少しでも、点数を稼がないとね」
 何の点数だ、何の。言い返そうとしたが、それよりも先に不二はあっさりとオレの部屋から出て行った。そう見せかけて再び中へと入ってくるのではないかと耳を凝らしたが、暫くして階段を下りる軽快な足音が聞こえてきただけだった。
「……なんなんだ、アイツは」
 静まり返った部屋に溜息をつきながら、それでも何故か口元が緩んでいることに、オレはその理由を追求しようとして、やめた。




1000題用に書いたんだけど、もう既に別の話を書いていたので、こっちに載せました。


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