まぼろし
「断ったよ、総て」
 教室に入ると、中央の席で一人座っていた不二が呟くように言った。それから、ゆっくりとオレに視線を向ける。
「約束だったから。義理でも本気でも貰わないって」
 でも、君は貰ってきたみたいだね。オレの提げている紙袋を指差す。すまない、と謝ると、不二はただ苦笑した。
「知らない間に机の横に掛けられていたんだ。置いていくわけにも、捨てるわけにも行かないだろう」
「去年も一昨年も君は貰ってなかったからね。きっと、今年で最後だからって強引にでも渡したかったんだろうね。そんなことしたって、想いは届かないのに」
「強引なのはお前の得意とするところだろう」
「それは、酷いな」
 向かいに立ったオレに、不二が隣の空席を指差した。誰もいない教室で、二人並んで座る。
「結局、君とこうして同じ風景を見ることが叶わなかったな」
「学校では、な」
「部活でも、だよ。僕はいつも、君の隣にいない」
「それなら、今この時間は何だというんだ?」
 オレは今、お前の隣で同じ景色を見ている。この時間は。
「まぼろし、かな」
 不二の手が伸び、オレの指先に絡まる。視線を向けると、不二の唇が触れた。甘ったるい、香りが。押し込まれた舌から口腔へと広がる。
「味も温もりもある幻なんて、あってたまるか」
「君にはちょっと甘すぎたかもね」
 眉間に寄った皺に、不二が微笑う。それはいつもと変わらない微笑みのはずなのに。
「手塚?」
「……そんなこと、あってたまるか」
 幻なら。強く抱いたら消えてしまうかもしれない。などという無駄な不安が過ぎったが、その頃にはオレは強く不二を抱きしめていた。放課後の教室とはいえ、いつ誰が入ってくるかわからないと言うのに。衝動が、自分でも抑えられない。
「痛いよ」
「現実である証拠だ」
「どうせ現実を感じるなら」
 もっと違うことがいいな。身を捩り、オレの耳元で囁く。その甘い響きに、先ほど受け渡されたチョコレートの香りが甦ってくる。
「だったら、さっさと帰る支度をしろ」
「ここじゃ」
「駄目に決まっているだろう」
「……強引なのは、僕の得意とするところなんだよね? 確か」
 クスクスと笑いながら覗きこんでくる目に、流されそうになる。だが。
「そう思われるのは不本意なんだろう?」
 再び唇を寄せてこようとする不二をなんとか交わし、立ち上がる。それでも。絡めた手だけは強く。幻を現実へと繋ぎ止めようと、温もりを離せないでいた。




バレンタイン関係なくね?(笑)


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