隣りで寝ている男の、頭を撫でる。無防備な顔。普段からは想像も出来ないくらいに幼い、寝顔。
「……手塚。」
起こさないように、小さな声で名前を呼んでみる。
「ん。」
その声に反応したのか、それとも寒いのか。彼は少し、体を震わせた。そっとその身体に腕を回し、抱きしめる。ひんやりとした彼の肌を感じる。
ふと思い出した『心が温かいヒトは手が冷たい』という話。そう言えば。彼の手はいつも冷たい。学校からの帰り道、彼と手を繋ぐ時、僕はいつもそう思う。彼の方はというと、逆に、僕の手が温かいんだと言うけれど…。
もし、その話が本当だとしたら、彼が天使で僕が悪魔だということだろうか。
それは強ち間違いでもないかもしれない。彼に言ったら馬鹿馬鹿しいと言われるだけだろうけど。
「……何を、笑っているんだ?」
突然、腕の中から声がして、僕は視線を向けた。
「あ。起こしちゃった?……おはよう」
「……お、はよう」
少し、照れたように言う。目覚めて最初に言葉を交わす時、彼はいつも照れる。いつまで経っても慣れないらしい。可愛い、と素直にそう思う。
「で、何を笑っていたんだ?」
けれど、それもほんの一瞬だけで。次のときには、もう、いつもの口調に戻ってしまう。勿体無い。もうちょっとそのままでいてくれてもいいのに。だから、僕は。
「別に。君の寝顔が可愛いなって思っただけだよ」
もう一度、さっきのような顔が見たくて。つい、からかってしまう。
「なっ…ば、馬鹿」
「あはははは」
二人でいる時はよく表情を変えてくれる。それが嬉しい。とは言っても、多分、他のヒトが見たのでは分からない変化かもしれないけれど。
「ああ、でも…」
そう考えると、と思う。差し詰め、僕のライバルは…
「君のお母さんってことかな?」
家族だからといってしまえばそれまでだけれど。彼のことを多分、僕以上に解かっている。
「……何の話だ?」
僕の言葉を拾った彼が、訝しげに僕を見上げる。
「失敬。独り言。」
そう言って微笑って見せると、彼は顔を紅くして、わざとらしく僕から視線を外した。
その表情や仕草が何故か急に愛しく感じて。
「…っ不二!?」
気がついたときには、彼をきつく抱きしめていた。
「どうしたんだ?変だぞ、お前…」
戸惑いながらも抱き返してくれる彼。背中に感じる冷たい彼の手。その優しさが、僕の為に在ることが嬉しい。幸せだって思う。強く。でも、その気持ちを彼に伝える術を僕は知らない。
「……泣いてるのか?」
心配そうな彼の声が聞こえてくる。彼を、こんな気持ちにさせたい訳じゃないのに。
「違う、違うんだ、手塚」
彼に顔を見せないように、震える声を抑えながら首を振る。
「…そうか。」
それだけを言うと、彼はそのまま黙ってしまった。多分、これも彼の優しさのうち。解かってる。
僕は深呼吸をし、いつもの笑顔を作ると、彼の耳元に唇を寄せた。
「ねぇ、手塚。僕、今、すごく幸せだよ」
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