背中


 授業が終わると、僕はいつも背中を探して学校中を走り回る。遅刻魔のその背中は、いつも思いがけない所にいて。僕を酷く困らせるんだ。
 でも、それを見つけたときの達成感みたいなものはあって。その背中を見つけ、しがみつく。本当は抱き締めるって言いたい所だけど、僕と彼との身長差を考えると、しがみつくっていうのが妥当な表現。例え、主導権握っているのが、僕だとしても。
 今日は校舎裏のゴミ捨て場で、その背中を見つけた。僕が飛びつきやすいようにってわけじゃないだろうけど、しゃがみ込んで。もともと猫背なのに、いっそう背中を丸めている。
 僕はやっと見つけることが出来た嬉しさをひた隠し、気付かれないようにその背中に近づく。あと、1メートル。
「大和くん、見っけ」
 呼びかけると同時に、僕は勢いをつけてその背中に圧し掛かった。頼りない背中が、前のめりになる。落ちないようにと、彼に回した腕に力を込める。
「うーん。また、見つかっちゃいましたか」
 地面に手をついて何とか僕の体重に耐えると、彼はその手でズレた眼鏡を直した。その後で、僕の腕を解こうとする。だから僕は、ちょっとやそっとじゃ解けないくらいに、彼を強く抱きしめた。彼が小さく唸る。
「不二くん。苦しいです。…放してくれませんか?」
「ヤダよ。大和くん、放して欲しいなら自分で解いてみれば?ま、貧弱な大和くんには無理だろうけどね」
 彼の肩に顎を乗せ、わざと口をパクパクさせて話す。彼はこれに弱いんだ。案の定、彼は僕の腕から手を離すと、大きく溜息を吐いた。
「いいですか、不二くん。ボクは3年生でキミは1年生なんですよ?」
「うん。知ってるよ」
「それに、ボクはテニス部の部長なんです」
 溜息をつき、僕の腕を掴むと、彼は立ち上がった。どうやら僕を背負えるくらいの力はあるらしい。けど、その足元はふらついてて、何だか頼りない。
「凄いね、大和くん。ちっからもちー」
「だからね。ボクのことは、『大和くん』じゃなく、『大和部長』とか『大和先輩』とか呼んでください。後輩に君付けされてるんじゃ、なんか情けないでしょう?」
 僕の腕を、ずり落ちないようにしっかりと掴む。それよりも自分の足元をしっかりさせた方がいいんじゃないの?とか、放して欲しかったんじゃなかったの?なんて思ったけど。別にそんなことを言う必要も無いから、とりあえず彼の背にしがみつくことにした。
 耳元で、息を吹きかけるようにクスクスと微笑ってみせる。
「だって、大和くん情けないじゃない。下級生相手に敬語使ってるし、試合は手塚にも僕にも負けちゃってるし」
「それもそうですが」
 彼が、少しだけうな垂れる。足元が余計に危なっかしくなる。これくらいでへこたれてちゃ、やっぱり情けないと言うしかないね。
「それに、今は部活中じゃないよ?」
「でも、部活はとっくに始まってますよ」
 もう一度僕をしっかりと背負うと、彼は歩き出した。多分、この状態のままコートに向かうんだと思う。そう、部活は既に始まっている。彼は他人の遅刻にはウルサイくせに、自分の遅刻には寛大なんだよね。自分は選手よりも指導者の方が向いてるとかなんだとか妙な理由をつけて。
 でも、僕は知ってる。
「じゃあ、僕たち遅刻だね。グラウンド20周する?」
「うーん。それは困りましたね」
 彼が僕を走らせることは出来ないってこと。
 理由の1つは、共犯的なものがあるから。僕は彼を探すために遅刻をしたわけだし、それに彼のサボりの目撃者。そんな僕を走らせるなら、自分も走らなきゃならなくなる。だから、彼は僕を罰することは出来ないんだ。
 それと、もう1つの理由は…。
「大和くん、僕のことスキだもんね」
 僕の言葉に、彼の足が止まる。動揺、してるんだ。
「な、何を言ってるんですか?」
「声、上擦ってるよ」
 クスリと微笑うと、僕は彼から手を放し、地に降り立った。本当はもっとずっとくっついていたかったんだけど、表情、ちゃんと見れないしね。とはいえ、その妙な眼鏡の所為で彼の素顔を見ることは出来ないけど。
「僕、知ってるんだよ。大和くんが僕を好きだってこと」
 彼の前に回りこみ、ニヤッと微笑って見せる。彼は僕から顔をそらすと、大袈裟に笑った。
「あはは。そんなこと、あるわけないじゃないですか。僕がキミを好きになったら犯罪ですよ」
「なんで?」
「僕はおじさんですからね」
 僕の前に人差し指をピンと立て、子供に諭すように言う。確かに、このシーンを客観的に見たら、父子とかそんなカンジかもしれないけど。
「でも、大和くんと僕は2つしか違わないよ?」
「うーん。そういう直接的な意味じゃなくてですねぇ…」
 人差し指をそのまま自分の頬に持ってくると、困ったという顔をして頬を掻いた。
 わかってるよ、ちゃんと。どんな意味で言ったのかくらい。でも、それは彼の見込み違いってやつ。僕は認めないよ。
「でも、大和くんは僕のこと好きなんでしょ?」
「だから、違いますよ」
「本当に?」
「本当に、です」
 ほら、この眼を見てください、と彼は僕の顔を真っ直ぐに見つめた。でも、そんな眼鏡をしていたら見られる筈もない。
「眼鏡なんかしてたら見えないよ。ね、それとって?」
「駄目です」
 伸ばした手を、あっさりとはらわれた。彼の初めての反抗に、ちょっとだけムッとする。ああ。こうなったら思い知らせてあげなきゃならないな。僕に反抗しても無駄だってこと。
「じゃあ、さ。眼鏡とらないから、もっとよく見えるように顔、近づけてよ」
「……はいはい。」
 怒り口調の僕に苦笑すると、彼はその顔を近づけてきた。何の警戒もなく。きっと、子供の駄々程度にしか思っていないのだろう。
「もうちょっと」
「こう、ですか?」
「うん。そのまま…」
 背伸びをして眼を瞑ると、僕は彼の唇に自分のそれを重ねた。踵を地につけ、彼を見つめる。
「………やっぱり、僕のこと好きじゃないなんて嘘だね」
 顔を真っ赤にしたまま固まっている彼に、僕は微笑って見せた。
「不二くん。今のは……?」
 感触を確かめるかのように、口元に手を当てる。その彼の頬は、相変わらず赤い。
「んー。嘘発見器の代わり」
「へ?」
「大和くん、なかなかホントのこと言ってくれないからさ」
 唖然としている彼に、早く部活行こっ、と言うと僕はさっさと背を向けて歩き出した。と。
「ちょっ、ちょっと待ってください」
 数歩もしないうちに、肩を掴まれ呼び止められる。
「なに?」
「えーっと。ひょっとして不二くんは、その、ですね」
 顔を赤くしたままの彼は、しどろもどろで。情けないな。まあ、そんな姿が可愛くて仕方がないんだけど。
「…えー。だから、不二くんはですね、僕のこと…」
「うん。好きだよ。知らなかった?」
 彼の努力を無駄にするような、あっさりとした告白。本当はもっと重みを持って言ったほうが良かったのかも知れないけど。だって、僕からは言いたくなかったし。出来れば、彼の口から先に『好き』って聞きたかったから。白紙に戻せるくらいの軽さの告白が丁度いい。情けない彼には、これくらいで充分だ。
「いやぁ、全然気付きませんでしたねぇ。参りました」
 また、困ったように頬を掻く。
「だから駄目なんだよ、大和くんは。一体僕が何のために毎日大和くんを探してるのかって、考えなかったの?」
「てっきり、スミレさんか副部長に頼まれているものだと」
 申し訳なさそうに言う。これじゃあ、どっちが年上だか判んないよ。まぁ、余り年上面されても困るんだけどね。
「それで。大和くんはどうなの?僕のこと好き?嫌い?」
 少しだけ、語気を強めて訊いてみる。あとで冗談だった何て言わせないために。
「………んー。僕は口下手なんですよね」
 僕から眼をそらし、宙を仰ぐ。頬には人差し指。
「好きか嫌いか、それだけでいいんだけど」
「言葉でなきゃ駄目ですか?」
 思いついたように彼は僕を見ると、両手で肩をしっかりと掴んできた。
「え?」
「だから」
 彼の顔が近づき、一瞬だけ唇が触れ合う。
「こういうことです。これで、許してもらえませんかね」
 照れたように、彼が微笑う。彼の口から『好き』の言葉が聴けなかったのはちょっと残念だけど。
「うん。」
 とりあえず、ホントの気持ちが聴けたってことで。まぁ、よしとするか。





なんつータイトルだι
アップするのは遅れたけど、不二ヤマ初挑戦の話だったりするのです。
つぅかさ、あれですよ。ね。ヤマ不二にも見えなくもないっていうι
いやいやいやいや。不二ヤマです。あくまで不二ヤマ。
アタシは不二攻めなら、おっさん受けでもOKよ!(…クレーム来そうだι)


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