Dinner
「何がそんなに気にいらねぇんだよ」
 テーブルについてからというもの、いただきます、の声だけであとは黙々とナイフとフォークを動かし続けている不二に言った。幾ら食堂が広いとはいえ、二人しかいないのだから声が届いていないはずはないのだが、不二は手も口も止めなかった。
「おい、不二。何とか言えよ」
 いい加減その態度に飽きて来て、俺は乱暴に食器を置くと、テーブルを叩いた。行儀が悪い、といつもなら執事がたしなめるのだが、料理を運び終わった今、追い出してあるので誰も俺を咎めるものはいなかった。それをいいことに、というわけでもないが、もう一度テーブルを叩く。その衝撃で浮き上がった食器が、カシャンと高い音を立た。ようやく、不二が顔を上げる。
「何が気にいらねぇんだ?」
「別に。気に入らないわけじゃないよ。ただ、気に入ってないだけ」
「同じことだろ」
「違うよ」
 冷たい声。それは俺といないときの普段よりも、温度が低い。
 一体何が不二の温度を下げているのか、皆目見当がつかない。そのことが俺を苛立たせ、二人の温度差は増して行くばかりだ。
 今日は不二の誕生日だから、豪華な料理をシェフに用意させた。食後にはもちろん、バースデーケーキを出す予定でいる。うちのシェフは三ツ星レストランから引き抜いた奴等ばかりだから、味に間違いはない。不二も何度かともに食事をしているが、いつも美味そうに総て平らげていく。それなのに、今日は一体どうしたというのか。
 いい加減、頭にくる。
「気にいらねぇなら、食うんじゃねぇよ」
「だから。気に入らないなんて言ってないだろ」
「そんな表情(カオ)して食ってりゃ、同じことだ」
 立ち上がり、長すぎるテーブルを回り込んで不二の隣に立つ。それでも構わずナイフを動かし続ける不二の手を握り、銀色に光るそれを取り上げた。不二が、ゆっくりと俺を見上げる。
「痛いよ」
「だったら振り解いてみせろよ」
 不二の首筋にナイフを当てる。勿論背の方を当てているのだが、不二からはそれは分からないはずだった。
「分かったよ」
 それなのに、頷いた不二は一瞬だけ俺をにらみつけると、何のためらいもなく動いた。もし本当に不二の首に刃の部分を当てていたら。そんな妄想に気を取られているうちに、振り解かれた手を今度は不二に掴まれた。強く引かれ、よろけた俺は不二の肩を掴んで制止した。目の前に、不二の青い眼がある。
「やっと、捕まえた」
 睨まれるのだろうと思っていた。だが、不二はそれまでの温度とは一転して、いつもの俺に対する柔らかい声で言うと、その目を三日月に細めた。混乱する間もなく、唇が重なる。
「……てめぇ」
「別に。ハメたわけじゃないよ。ただ、跡部が近くに来たから。……気付いてるかい?今日僕達が触れ合うのは、これが最初だってこと」
 俺の手を引き、自分の膝に横向きに座らせ、また唇を重ねる。
「美味しいな」
「今更気付いたのかよ。当たり前だろ。うちのシェフは超一りゅ……」
「そうじゃなくて。君の唇が、だよ。跡部」
「なっ」
「こういう滅多に食べれないような美味しい料理もいいけど。僕が一番食べたいもの、欲しいものはそういうのじゃなくてさ」
 伸ばされた不二の手が俺の頬に触れ、親指でそっと唇を撫でられる。その甘い動きに流されてしまいそうになるから、俺は不二の指を口に含むと、そのまま噛み付いてやった。
「痛っ」
「そんなもん、お前ならいつでも食えるだろ。俺様はそんな日常じゃなく、お前のために特別を用意してやったんだ。受け取れないなら、俺も無しだ」
 不二の膝から立ち上がり、また長いテーブルを回り込んで自分の席に着く。正面からの視線に気付き顔を上げると、不二が驚いたような表情で俺を見つめていた。
「食わないなら、帰れ」
「食べるよ。君が今日のために特別に作らせたものだからね。食べるさ。でも」
「何だよ」
「料理でどんなにお腹が膨れたとしても、跡部は別腹だから。それはそれで、ちゃんと美味しくいただくからね?」
 弾んだ声で言うと、不二はナイフとフォークを再び手にし食事を再開した。だが、一方の俺はというと、自分の失言に今更気付き、ナイフとフォークを手にしたまま、硬直してしまっていた。




日常に倖せを見い出す不二と 特別を欲しがる跡部と よくうまくやっていけるよなぁと思う。
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