寒さに身を震わせながら、眼を開ける。ふと隣を見ると、そこにはもう何もなくて。オレは慌てて体を起こした。
薄暗い部屋に、白いシャツだけがぼんやりと浮かんで見えた。その背中に向かって溜息をつく。
「何や。もう帰るんか?」
「うん。やることはやったし。満足でしょう?」
振り返らずに言う。その態度がメチャメチャ頭に来たから、オレは手を伸ばすとその腕をがっしり掴んだ。有りっ丈の力で思いっきり引っぱる。
「っ」
オレの行動を予測してたんやろう。不二はあっさりと、だけど真っ直ぐにオレの方へ倒れこんできた。当然、オレは下敷き。
「不二、早よ退いてくれへんか?」
「自分で引っ張ったくせに」
オレの言葉に、不二はクスクスと微笑うと体を起こした。ようやっとオレを振り返る。
「珍しいね。キミが引きとめるなんてさ」
「ええやん。たまにはそんな日があっても」
ふ、と微笑う不二の首に腕を回すと、オレは出来るだけ濃密なキスをした。冷めてしまった熱をなんとかして呼び戻したい思て。せやのに。
「これ以上は、駄目」
深いキスをしてオレの熱だけが復活した所で、あっさりと不二はオレの手を払い除けた。
「電車なくなっちゃうしね」
溜息混じりにいい、伸びをする。不二の顔が遠く離れてしまったせいで、オレはいくら手を伸ばしてもキスが出来なくなってしまっていた。
「大丈夫やて、うちの姉ちゃんに送らせるから。せやから、今日はせめて日付が変わるまでいてや」
「駄目だよ。そうしたら夜中に送らせることになっちゃうよ。それじゃ、キミのお姉さんに悪いよ」
「せやったら、泊まっていけばええやん」
「それも駄目。僕、この後、手塚の家に泊まりに行く予定だからさ」
悪びれた様子も無く、軽い口調で言うと不二はクスクスと微笑った。もう既に、心ここにあらずなんやろう。不二は遠くを見るような眼をすると、今度は優しい顔で微笑った。
その顔はこの上なくムカついたけど、やっぱり綺麗やと思う。敵わない。
「ん?何?」
「何でもあらへんわ、ぼけ」
急に不二がオレを見るから。オレはあからさまに不二から眼をそらしてしもた。顔の温度が急激に上がる。
「それにしても。今さっきまで散々オレと楽しんだくせに、アンタは手塚とまだやるつもりなん。どんだけ絶倫やねん」
それを不二に悟られないよう、出来るだけ呆れた声を出すと、オレは不二に背を向けて寝転んだ。途端、オレの後で不二が大声を上げて笑いよった。
「何が可笑しいっちゅーねん」
「莫迦だなぁ、と思ってさ」
「……何やて?」
不二の言葉に頭に来て、オレは思わず振り返った。そのタイミングで、唇を重ねられるさっきオレがしたような、誘うようなキスってやつや。
「っは」
「手塚はね、僕の恋人なわけ。キミみたいな体だけの関係とは違うんだよ。だから、一緒に居るだけで充分なの。理解る?」
理解らへんわ、ボケ。
「じゃあ、僕はこれで帰るから」
人の熱を呼び起こすだけ呼び起こしといて、さらりと言うと不二はオレに背を向けてしまった。離れる前に、もう一度手を伸ばす。
「……何?」
「せやから、今夜だけ。何もせんでええから。なっ?」
「駄目。僕たちは恋人同士じゃないんだから。何もしないなら、一緒に居る意味はないよ」
「だったらすれば…」
「だから。僕はもう帰るの。それとも、今夜は帰って欲しくない理由でも?」
掴んだオレの手を逆に握り返すと、不二は顔を近づけて満面の笑みを見せた。
「べ、つに。何もあらへんけど」
「じゃ、帰っても良いよね」
「あ……」
もう一度、今度は触れるだけのキスをすると、不二はオレから離れた。手を伸ばすけど、もう届かへん。
「じゃあ、忍足。また来週ね」
中途半端に伸ばした手をどうすることも出来ずにいるオレに、不二は振り返らずに言うと、あっさり部屋を出て行きよった。
「なんや。連れんやっちゃな」
そのまま仰向けに倒れる。伸ばした手は、宙を掴んだ。
「……明日は、オレの誕生日やねんぞ」
朝、目を醒ますと携帯にメールが一通届いとった。
『Form:不二周助
Sub:HAPPY BIRTHDAY
忍足、誕生日おめでとう。
って、キミは今頃不貞寝かな?まぁいいや。キミがどんな理由で僕を引き止めようと思ってたのかはすぐに気が付いたよ。でも、駄目だよ。誕生日は大切なヒトと過ごさないとね。例えば、は、言わなくても理解るか。それじゃあ、もしこれで起きちゃってたらごめんね。返信はいらないから。じゃ、おやすみ。』
不覚やった。時間は零時ジャスト。不二の読んだ通り、オレは不貞寝をしとった。もし起きとれば、電話でもかけとれば、最初におめでとうを言ってくれたんは不二やったかもしれへんのに。
「アホや。オレも、不二も」
オレが大切なんは、不二周助だけやのに。