THE MOON


「っ遅れた」
「ううん。大丈夫」
 息を切らしながら言う俺に、不二は優しく微笑うと両手を広げて迎えてくれた。少し恥ずかしいと思ったけど、駅員以外人は見当たらなかったから、俺はそのまま不二の胸に飛び込んだ。
「おっと」
 もしかしたら、本当に抱きついてくるとは思っていなかったのかもしれない。不二はニ、三歩後退し、俺を抱き止めた。
 久しぶりに感じる、不二の体温と匂い。それが嬉しくて、俺は抱き締める腕に力を込めた。苦しいよ、と、不二が俺の背を軽く叩く。
「ゴメン。でも、もう少しこのまま…」
 少しだけ腕を緩め、呟く。
「しょうがないな」
 苦笑いと言った感じの声。それでも、不二は俺を強く抱き締めてくれた。
 チカチカと、蛍光灯が点滅する音がする。
「誕生日会は、楽しかったかい?」
 体を離すと、不二は言った。差し出された手に指を絡め、歩き出す。
「ああ。楽しかったよ。不二といるとき程じゃないけどな」
「それは、充分楽しんだヒトが言う科白じゃないかな」
「……だっから、それは」
「なんてね」
 焦る俺に、不二は楽しげに微笑った。つられて、俺も微笑う。
「それにしても。引退した先輩の為に誕生日会を開いてくれるなんて。随分と仲が良いんだね」
「と言っても、殆んどテニスしてただけだけどな。あ。俺、汗臭くない?」
「大丈夫だよ。それに、佐伯の汗の匂いには慣れてるしね」
「そっか。そうだな」
 頷く俺に、不二は、ふふ、と微笑うと体を寄せてきた。ピッタリとくっつくので、少し歩き辛かったけど、俺もそうしたいと思っていたところだったのでそのまま歩いた。
 今日は俺の誕生日で。不二が来ることを今朝突然メールで知らされた。テニス部の奴等に祝ってもらう約束があったから明日にしてくれと言ったのだが、だったら終わる頃に着くようにすると言われ、俺はそれを承諾した。それならなんとかなるだろうと思って。だけど結果は、思ったよりも誕生日会が長引き、駅で不二を待たせることになってしまった。
 俺だって、不二を待たせたかったわけじゃないから、遅くなりそうだから先に家に行っていてくれとメールをしたのだが。不二はそれを聞かなかった。その理由を、俺は知らない。
「ねぇ、佐伯」
「なんだい?」
「良かったらさ、海、行かない?花火、持ってきたんだ」
 言うと、不二は手に持っていた袋を掲げて見せた。実を言うと、さっき部員達と夏の残りの花火をやってきたところだったんだけど。
「いいよ。花火、やろうか」
 頷くと、俺は少し歩調を速めた。それに合わせて、不二も歩調を速める。その横顔が少しホッとしたようだったのは、多分、俺の体に着いた火薬の匂いに気付いていたからなのだろう。
「そう言えば、不二と二人きりで花火をするのは初めてだな」
「そうだね」
 俺の呟きに、不二も呟くような声で答えた。何となく見つめ合い、微笑う。
 不二が引っ越すまでは、家族ぐるみの付き合いに近かったから。互いの姉や裕太くんが一緒だった。普段遊ぶ時も、そうだった気がする。うちの姉は不二をたいそう気に入ってたし。
 そうか。だからか。
「不二」
「ん?」
「待たせてゴメンな」
「いいよ。僕が待ちたいと思って待ってたんだから」
 首を横に振って言うと、不二は立ち止まった。その手に引かれるようにして、俺も立ち止まる。
「不二?」
 暫く見詰め合っていたが、俺が名前を呼んだのを合図に不二は背伸びをすると、キスをした。
「誕生日、おめでとう」
 踵を地につけ、微笑う。
「ありがとう」
 俺もそれに笑みで返すと、再び寄り添って歩き出した。





日付が変わってしまいましたが。誕生日おめでとうございます。
佐伯って姉がいたんだね。
今日は不二クン、佐伯家にお泊りです。
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