Honey


「ねぇ、橘」
 ビデオの巻戻しが終わり、それを取り出して自分のバッグにしまうと、不二は呟くようにして俺の名前を呼んだ。
「何だ?」
 俺の隣に座り直すと、手を取って指を絡めてきた。嫌な予感が、じわじわと広がっていく。
「いくら僕たちの関係が他にバレちゃいけないからってさ。せめて、二人きりのときくらいは特別でいようよ」
「何を言っているんだ?」
 こうして二人で会うと言うことは特別なことではないのか?それとも、不二はこの先の事を言っているのか?
 いつも通りというかなんというか。わけのわからない不二の言葉に翻弄されているうちに、俺の両手は床に押し付けられていた。不二が体重を預けるようにして圧し掛かってくる。
「ち、ちょっと待て、不二」
「ほら、それ」
「?」
「判らない?」
 ねぇ、タチバナ。耳元で、わざと息を吹きかけるようにして呟く。
「……ぁ」
 思い、出した。
 そう言えば。こういう関係になった時に、不二は自分のことを名前で呼んで欲しいと言った。僕も橘の事を桔平と呼ぶから、と。だが、それだと俺たちの関係がバレてしまうからと、俺はそれを拒否した。別に俺たちの関係自体を恥じて隠したいというわけではなく、不動峰のテニス部員(あいつら)から不二を守るためだ。どういうわけか、俺が他校生と親しくしていると、あいつらはすぐに怒るからな。
 だから、俺たちは相変わらず苗字で呼び合っている。不二もそれに同意してくれたはずではなかったのか?
「…周助と、呼べばいいのか?」
「やっと気づいたんだ。でも、違うよ。名前なんて、家族だったら普通に呼んでるでしょう?もっと特別な呼び方だよ、ハニー」
 クスリと微笑うと、不二は唇を重ねてきた。それを受けながら、俺は不二の言葉を思い返していた。
 確かに、不二はさっきハニーと言った。ということは、俺にダーリンと呼んで欲しいということなのだろうか?そんな、まさかいくらなんでも。だが、妙な所で不二はロマンチックだったりするから、案外本気なのかもしれない。だとしても、俺はそんな恥ずかしいことは言える筈が無い。それに、不二は俺にそう呼ばせたくて言ったわけではないのかもしれないし、俺の聞き間違いだってことも考えられる。
 混乱している俺に構わず、不二はそのまま唇を首筋へと滑らせていく。伝わってくる熱に身を委ねそうになったが、俺はあることを思い出し、踏みとどまった。
「待てっ、不二。隣には杏が…」
 杏がいる筈だ。こんな所ではじめたら、筒抜けではないか。
「いるね、杏ちゃん。それが、何?」
 慌てる俺に、不二は愉しそうに微笑った。何?ではないっ。
「だから、杏が隣にいるんだぞ?こんな事してるのバレたら…」
「案外、喜ぶんじゃない?」
「なっ…」
「彼女は僕たちの関係を知っている唯一のヒトで。応援だってしてくれるんだよ?仲が良ければ良いほど、祝福してくれるんじゃないかな。そう言うことに、興味あるみたいだったし」
「そんなっ…」
 不二の言葉に、俺は軽いショックを受けた。けれど、思い当たる節は無いわけではない。不二の家に泊まりに言った次の日などは、杏はいつも嬉しそうな顔をして、どうだった、と訊いてきた。俺は、不二とどこへ行ったとかどういう話をしたとか、そう言ったことを答えていた。実際、そう言うことを訊いているのだと思ったからだ。だが、それは違うのか?その、夜の事を杏は訊きたかったのだろうか…?
「でも、止めておこうか。彼女の教育上、悪くはないかもしれないけど、良いとは言えないもんね。橘は、僕よりも杏ちゃんだし」
 呆然としている俺に、不二は少し淋しそうに言うと、押さえつけていた手を解いた。俺に触れるだけのキスをし、体を離す。
「待て」
 不二が起き上がる前に、俺はその首に腕を絡ませると、自分からキスをした。見上げると、不二は少し驚いた顔をしていた。
「俺は別に。杏に声を聞かれるのが嫌だからではない」
「……何?」
「お前以外に、俺の声を聞かれるのが嫌なんだ」
 真っ直ぐに不二を見つめ、言う。不二は暫く黙って見つめ返していたが、そう、と眼を細めて呟くと、再び俺に圧し掛かってきた。シャツのボタンに手をかけている。
「だからっ、不二っ」
 俺の言ったことを聞いていたのか?
「大丈夫だよ。杏ちゃんね、僕を君の部屋まで案内した後で出掛けたんだ。なんか、映画を観に行くんだって。神尾くんと。だから、夜までこの家には僕と橘しかいないの」
「じゃあ、杏がいるというのは嘘だったんだな?」
「勝手に勘違いしたのが悪いんだよ。でも、彼女が僕たちの事を知りたがってるって言うのは本当だよ」
 言葉をなくした俺にクスリと微笑うと、不二は止めていた手を動かした。シャツを脱がし、直に肌に触れてくる。
「……っ」
「良いんだよ、声、出しても。杏ちゃんはデートで居ないんだからさ」
 唇を噛み締めて声を我慢する俺に、不二は優しく囁いた。それに誘われるようにして、声が漏れる。不二以外、他に誰もいないのなら、俺が声を我慢している理由は無い。杏は、神尾と…。
「デートだと!?」
 不二の言葉を思い出し、俺は体を起こそうとした。その肩を捕まれ、押し付けられる。
「駄目だよ。誰かが居るから嫌だったんでしょう?今は誰も居ないんだよ。それとも、橘はやっぱり、僕より杏ちゃんなの?」
 俺の思考を総て読み取るかのような眼。いいや、実際俺の思考を読んだのだろう。俺を見つめる不二の眼は、少しだけ淋しそうな色に変わった。
「やっぱり、僕より杏ちゃんなんだね」
 無言でいる俺に、深い溜息を吐くと、不二は肩を掴んでいる手に力を込めた。眼の色が、一瞬にして妖しげなそれに変わる。
「さて。ここで問題です」
「?」
「橘が選ぶのは恋人より妹だ、と判った僕がとる行動は?一、妹の所に行かせまいと、このまま無理矢理橘を犯す。二、仕方がないと諦め、自宅で一人淋しく、沸き起こってしまった熱を発散する。……さて、どれでしょう?」
 正解は選んで良いよ、ハニー。囁いて愉しげに微笑うと、不二は人差し指で俺の体のラインをなぞり始めた。制限時間は、俺の理性が途切れるまでということか。
 どうしようかと少し考えようとしたが、不二の指がそれを邪魔する。その動きに、自然と漏れてしまう声。中心に集まってくる熱を感じて、正解は一つしかないのだということを、今更悟った。
 手を伸ばし、不二の首に腕を絡める。
「正解は出た?」
 指の動きを止めると、不二は愉しそうに聞いた。ああ、と頷く。
「正解は、三、俺が誘い、この先の事を今までに無いくらいに優しいものにする、だ。……だ、ダーリン」
「え?」
 驚いたように聞き返す不二に、俺は急に自分の言ったことが恥ずかしくなってしまった。赤くなった顔を見られないように、不二を引き寄せ、口づけを交わす。しかし、それは逆効果になってしまった。不二からの深く長いそれに、俺の頬は紅潮し、息も上がってしまっていた。
「Ok, honey.」
 唇を離しクスリと微笑うと、不二は本当に優しく俺に触れた。





♪渇いたぁ〜風をからませぇ〜♪って、別にラルクを意識したわけではないですが(大塚愛でもない)。
橘受同盟でチャットをしていたら「ダーリン」「ハニー」と呼ぶのはどうだろう?って。
その勢いで書きました。うん。橘さんの相手はやっぱり不二だな。杏ちゃんは腐女子で(笑)
不二の科白が英語なのは、メチャメチャ格好良い発音だからです。(だってほら、何故かCDのCMだと格好良い(?)発音するじゃないですか)
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