horizon blue


「裕太。パイ焼けたから、周助呼んで来て」
「何でオレが」
「しょうがないでしょう。夕飯は母さんに取られちゃったんだから。そうなったらおやつであたしの腕を見せておかないと」
「そうじゃなくて。ったく。小学生(ガキ)じゃあるまいし」
「何言ってんのよ。ルドルフに行く前は、土日のおやつ、裕太も楽しみにしてたじゃない」
「そりゃ、そうだけど。いや、そうじゃなくって。だから何でオレが兄貴を呼びに行かなきゃなんねぇんだよ」
「午前中部活で相当疲れたらしくてね。きっと今頃眠ってると思うのよ。でも、貴方が帰ってくるの楽しみにしてたの。これは本当よ」
「……姉貴」
「うん?」
「さっきっから会話が噛み合ってねぇような気がすんだけど」
「そう?あ。そっか。そうね。裕太はお兄ちゃんと二人っきりでおやつを食べたいのよね。あたしとしたことが。うっかりしてたわ」
「だから、そういうこと言ってんじゃねぇって」
「いいから、いいから。はい、これ持って。零さないようにね」
「ちょっ、まだ何にも…」
「いいから。いいから。いってらっしゃい」

 とまぁ、半ば、でもねぇか。思いっきり強制的に兄貴の部屋の前まで追いやられたわけだが。
「あーあ。めんどくせぇ」
 どーしてオレが。久々の帰宅だぜ?そりゃ、兄貴は大会まだ残ってて、毎日練習で、忙しいのは分かるけど。けど。だけど。何でオレがこんなめんどくせぇこと。
 まぁ、しょうがねぇか。姉貴の命令だし。オレも早く姉貴の作ってくれたラズベリーパイ食いてぇし。つぅかぜってぇ、姉貴、隠れてオレのこと見張ってるし。
「おい、兄貴。ちょっと両手塞がってっから、開けろよ」
 何度か足でドアを蹴飛ばし声をかけてみるけど。返事が来ねぇ。
「折角帰ってきてやったのに、寝てんのか?ったく、めんどくせぇな。……よっ」
 膝を使って何とかトレイを支え、ドアノブを下げる。ドアに鍵はついてるけど、兄貴は鍵をかけることなんてねぇから、すんなりとドアは開いた。
 部屋に入った途端、窓を開けていたせいか、でかい音を立ててドアが閉まった。にも関わらず、兄貴はベッドの上で安らかな寝息を立てていた。
「あーにーきー?寝てんの、か。おい。おやつ持ってきたぞ。起きろ」
 テーブルにトレイを置き、兄貴の寝顔を覗き込む。相変わらず、寝顔だけは綺麗だな、と思う。思った瞬間、何故か頬が赤くなって。オレは慌てて窓の方に顔を向けた。
 バランスよく配置されたサボテン。その一つの鉢の中に、陽を反射して光るものを見つけた。
「あれって…」
「あ。裕太。おはよう」
 呟くオレの言葉に被るように、突然、兄貴の寝惚けた声がした。それには少し驚いただけだったけど。その声に振り向くよりも先に、兄貴の手がオレの手を強く引いたことに驚いて、オレは妙な声を上げてベッドに倒れた。
「ああ、ごめん」
 顔も驚いてたのかもしんねぇ。兄貴は自分の目の前に近づいたオレの顔を見ると、笑いながら言った。
「ったく。危ねぇだろ」
 兄貴の顔が近づくよりも先に呟き、体を離す。そのことに兄貴は少し残念そうな顔をしたけど、すぐに欠伸に変わった。大きく伸びをし、オレの隣に座る。
「何?姉さんが作ったの?」
「夕飯は母さんが腕を揮うらしいぜ。ったく。帰ってきただけなのに、大袈裟だよな」
「でも。姉さんたちの気持ちは分かるよ。僕だって、裕太が帰ってくるの楽しみにしてたもの」
「その割には熟睡してたじゃねぇか」
「だから、だよ。裕太が帰ってきたのに疲れた顔してたら不味いかな、と思って。まぁ、思ったよりも長く寝ちゃったみたいだけど」
 また、顔に見合わずでかい欠伸。その様をじっと見ていたオレに、目尻に溜まった涙を拭きながら兄貴は微笑った。
「寝起きで食えるか?」
「……食べなかったら、裕太はどうするの?」
「下で姉貴と一緒に食うけど」
「じゃあ、食べる」
 あっさりと言うと、兄貴は滑るようにしてベッドから床へと座りなおした。それに倣い、オレもベッドから降りる。
「……なんだよ、それ」
 オレの言葉に兄貴はただ微笑うと、ラズベリーパイに手を伸ばした。
 なんとなく、無言になる。何か話すべきなんだろうって思うけど、一体何を話せばいいのか。
 ああ。そっか。そうだ。
「どうかした?」
 窓辺に並べられてるサボテンに目をやると、それから間を置くこと無く兄貴が訊いてきた。
「あれ」
 その中の一つを指差す。鉢の中には、きらきらと光る、青みがかったガラス玉。
「ああ。うん」
 オレの指先だけで分かったのか、兄貴は頷くと立ち上がった。鉢の中のガラス玉を手にとり、服で丁寧に埃を落とす。
「僕の宝物。ずっと机の引き出しに入れてたんだけど。陽に当てた方が綺麗かなって」
 オレの隣に戻り、それを翳す。よく見るとそれは、昔よく飲んでたラムネに入ってたビー玉だった。
「何でこんなもんが宝物なんだ?」
 兄貴の手からビー玉を受け取り、同じように陽に翳す。兄貴が埃を落としたせいか、さっき観たときよりもそれは一層綺麗に見えた。
「裕太が初めて、自分のお小遣いで買ってくれたものだからさ」
 オレの手を包むようにしてビー玉を取り返すと、兄貴はそれを元の場所に戻した。そのままオレの隣には戻らず、ベッドへと腰を下ろす。
「そうだっけ?」
「そうだよ。それまでは僕たち二人で幾らっていうので貰ってたけど。えっと、裕太が二年生になったときだったかな。初めて別々にお小遣い貰って」
「あ」
 思い出した。
 昔は二人で遊ぶことが多かったから。駄菓子屋さんに行くのも一緒で。だから、兄貴の分とオレの分を合わせて小遣いをもらってたんだけど。兄貴もクラスメイトと遊ぶようになって、オレも自分の小遣いっていうのが欲しくなって。それで。
「別々のお小遣いじゃないと嫌だって駄々こねたのに、結局裕太、僕と一緒に駄菓子屋さんに買いに行ったんだよね。我侭っ子」
「うるせぇな。あん時は、別々がいいなって思ったんだよ」
「あの時は?じゃあ、今は?」
「…………ごちそうさまでした。あー、食った食った」
 じっとオレを見る視線を感じながらも、オレはとぼけたフリでベッドに仰向けに寝転んだ。間もなくして、見上げた天井が兄貴の顔に変わる。
「嬉しかったなぁ。あの時。一緒に駄菓子屋さんでお菓子を買うとき、裕太の方がいつもい高い買い物してるって、ちゃんと分かってたんだよね。だからその分って言ってさ。嬉しかったなぁ」
 嬉しかった、と繰り返しながら、徐々に距離を詰めてくる。けど、そのことにオレが気づいたときにはもう遅くて。兄貴の胸を押して距離を作った時には既に、唇が触れちまった後だった。オレの上で、兄貴が満足そうに微笑う。
「裕太。これから、駄菓子屋さん行こっか」
「は?」
 もう一度オレにの唇に触れること無く兄貴は言うと、胸に当てていたオレの手をとり、体を起こした。兄貴に手を引かれ、オレも起き上がる。
「今度は僕がラムネ奢ってあげるからさ。ね、宝物」
 弾んだ声で言う兄貴に、めんどくせぇとは思ったけど。オレの手を強く握り、余りにも楽しそうに微笑うもんだから。
「まだあの駄菓子屋、やってればな」
 兄貴から目をそらして言うと、一瞬にして熱くなた顔の熱を追い出すように、オレは大きく深呼吸をした。





昔のラムネの奴は緑がかってましたけど。(瓶が緑っぽかったから?)
最近のは青みがかってる気がします。(プラスチックの容器が青っぽいから?)
ビー玉を集めるのは、好きです。ビーダマン、昔ハマってました。まだ持ってます。
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