水たまり


 アスファルトに出来た水たまりを見てるのが好きだった。僕が生きている世界と同じ、でも違う世界。
 そこに映し出された世界は、アスファルトのせいなのか、どれもこれも少し暗い色をしていた。でもそれはただ暗いだけじゃなくて、雨上りの青い空をもっと深い藍に変えていた。
 飛び込めば、そのまま藍い空へ落ちて行きそうな錯覚すら呼び起こす。静かな世界。僕の理想の世界。
 その幻想を打ち消すのはいつだって、僕の大好きな…。
「兄ちゃんっ!」
 パシャ、と軽い音を立てて歪んだ世界。僕は視線を上げると、ニヤーっとした笑顔にでこぴんをした。
「こーら、裕太。水たまりに飛び込んじゃ駄目だって言ってるでしょう」
 額を押さえた裕太は、いてて、と言いながらもどこか嬉しそうな顔で僕を見上げた。
「だいじょーぶ。だって、姉ちゃんに言われてちゃんと長ぐつはいてるし」
 水たまりに映った空のような藍色の長ぐつ。裕太はそれを指差すと、パシャパシャとその場で大きく足踏みをした。そのたびに、乾いていた長ぐつが濡れていく。
「裕太は大丈夫でも、勢い良く飛び込んだら僕が濡れちゃうだろ?ほら、裕太だって、膝まで水が跳ねてる」
 さっき思い切り裕太が飛び込んだせいで、僕の足も、裕太の足も少し汚れた水で濡れていた。ポケットからハンカチを取り出すと、裕太は僕が何をするのか分かったのか、足踏みを止めた。屈んで、裕太の膝小僧を拭いてやる。
「へへ…。でも、こうやって兄ちゃんが拭いてくれるから、だいじょーぶだって」
 よしっ、と呟いて立ち上がった僕に、裕太は嬉しそうな顔で鼻の頭を掻きながら言った。
 まったく、しょうがないな。裕太と、僕の世界を簡単に掻き乱してくれる弟が可愛くて仕方がない自分の心に、苦笑する。
「それよかさ、早くおうち帰ってゲームしようぜっ」
 水たまりからピョンと飛び出すと、裕太は僕の手首に持っていた黄色い傘の柄を引掻けた。それを使って僕の腕を、ぐいぐいと引っ張る。その懸命な姿に微笑うと、僕は手首から傘を取った。不思議そうに僕を見つめる裕太に、ニッと微笑ってみせる。
「じゃあ、家まで競争しようか。ただし、水たまりに入ったら減点イチだよ。よーい、どんっ!」
 一息で言うと、僕は呆然としている裕太を置いて走り出した。ランドセルの中の箸箱がカシャカシャ鳴る。もしかしたら、フタが開いちゃってるのかもしれない。それでも構わず、僕は走った。
「待ってよ!ずりーよ、兄ちゃん。オレ、長ぐつだから走りずれーのにっ……」
 数メートル走ったところで、必死な大声と共に、ガガガと傘を引き摺りながら、僕よりも酷くガシャガシャと箸箱を鳴らせて、パコパコと僕を追いかけてくる足音が聞こえてきて。振り返ると、必死ながらもどこか楽しそうな裕太の姿に、水たまりとは正反対のこのうるさすぎる世界も、裕太がいるならまんざら悪くいものじゃないのかもしれないって、そう思った。





水たまりを見てると、空に向かって落ちていけるんじゃないかって本当に思う。
最近は見てないなー、水たまり。好きなんだよね、あの暗い世界が。
ちなみに、裕太は小学校2年生、周助は3年生くらいを考えて書いてみました。

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