片隅


 病室に漂う独特の空気というのは、どの病院でも似たようなもので。何度入院しても慣れない。これならまだ、診療室のある1階の空気の方が好きだ。風邪で辛いのか、涙を流して母親に愚図る子供を見ると、何故か微笑ましくなる。そんな元気、俺にはもう無いから。
 といっても、死に近い所に居るなんて実感も無いのだけれど。
 だが、この病室は別だ。夜の深と静まり返った感じが、死を予感させる。巡回に来る看護婦の足音が、時々、死神の足音に聞こえるときがある。
 だけど。俺はあの子供たちのように泣くことは出来ない。泣いたからと言ってこの恐怖が無くなることはないと、とっくに、気付いてしまっているから。
 ただ、和らげることは出来る気がする。父に泣いて愚図れば、もしかしたら個室ではなく、一般病棟に戻して貰えるかもしれない。まあ、生憎、そんな気力も持ち合わせていないのだけれど。
 溜息を吐く。辺りを見回すけれど、この不安を取り除いてくれそうなものは何ひとつない。持ってきた本も、全て読み終えてしまった。植物は語り掛けすぎて、暫く放っておいても大丈夫なくらいに育っている。一時凌ぎでも、ほんの気休めでもいい。何か、思考を逸らせる物が欲しい…。
 Pipipipipi…
 突然、電子音が鳴り響いた。ベッドサイドに置いてある腕時計からだ。手に取り、音を止める。それを腕に嵌めると、俺はベッドから降りた。1分前。カーテンと窓を開け、そこから外を眺める。
 真田が来るほんの少し前に、彼は現れる。青学のレギュラージャージに身を包み、息を切らせて駐車場を横切ってくる。恐らくは、ランニングの途中なのだろう。真田は部長の俺よりもずっと時間に正確で。その真田が来る2分ほど前に必ず現れる彼もまた、時間に正確。
 時計を見て、時間を確認する。あと、10秒。
 ………5……4……3……2……1……。
 ほら、また時間通り。相変わらず、走っている。
 君は、何者?どうして此処に来てる?
 走り行く彼に、心の中で問い掛ける。勿論、返事なんてないし、それが来るとも思っていない。けれど、問い掛けずにはいられないのは、きっと気付いて欲しいからなのだろう。俺の、存在に。
 目が良くて、良かったと思う。彼の表情を、微かではあるけど見て取ることが出来るから。テニスをしているとは思えない、白い肌。そして、疲れているからでは無いだろう、稀に見せる憂えた表情。その時に現れる、蒼い眼。まあ、ここまでの細かい表情は、彼が歩いて過ぎる時にしか見ることは出来ないのだけど。
 決して交叉することのない他人。なのに。何故か、気になっている。一目見た時から、ずっと。ずっと…。
 考えてみると、まるでストーカーのようだ。
 視界の隅に映った真田に、我に還った俺は苦笑した。俺が見ていることに気づいたのだろう。真田は顔を上げると、今行く、と唇で言った。
 頷いて、小さく手を振る。
 真田はもしかしたら、自分が来るのを待ち侘びているのかと勘違いしているのかもしれない。彼を気にして窓に立つようになってから、真田もまた毎日この病室に来るようになったのだから。或いは、ただ単に、手術の近い俺が心配なだけなのかもしれないが。
 真田に訊けば、何か解かるかもしれないな。
 決勝の相手は、あの青学だと聞いている。あの程度の相手なら、俺がいなくても勝てると。
 彼の眼。あの蒼の奥には内に秘めた何かがある。一瞬しか見ていなくても、それを感じることが出来たのだから、それは相当なものなのだろう。
 これは、甘く見てると痛い目を見るな。
 だが、これを真田に伝えることは出来ない。それには、俺のこの想いまで話さなければならないし、そんな事を話したら、きっと、たるんどる、と言われるに決まってる。それに、俺のただの買い被りで、そうであって欲しいと言う願望がそう見させているのかもしれないし。
 どちらにしても。彼が何者か解かるまで、俺はただこうして彼を見ている事しか出来ない。
 そして、自力で彼を知りたいのなら。この状況を少しでも良い方へと持って行きたいのなら。全ての恐怖に打ち勝って、手術に成功するしかない。そうだ。生き延びるしか、ない。そうだ。生き延びて、いつか、彼と試合をする。そして…。
 そして…?
 俺は、如何したい?
「……俺は…」
 今更、気付く。自分の気持ち。可笑しくて。口元を歪ませ、声を出さずに微笑った。
 だから、あんなにも、他人のことが気になった。
 俺は、彼に恋をしているのかもしれない。





不二クンは毎日タッチーのお見舞い。
そう言えば、青学って最近ランニングしてるのみないね。外とか走ったりしないのかな?
幸村のキャラが解かりません。レッツマイナー!

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