冬の終わり


 青白い朝の陽に誘われて、覚醒する。窓を開けると、肌を突き刺すような風が吹き込んできた。身震いしながらも、その空気を身体中に吸い込む。窓を閉め、ヒーターを点ける。部屋の中でも、吐き出す息は白い。
 三月も終わりが近づき、梅はもう散ってしまったと言うのに、今朝はやたらと寒い。天気予報でも真冬の気温だと言っていた。空気が乾燥しているので、火の元には注意するように、と。余計なお世話だ。
 心配して言ってくれてるんだから、そんな風に言わないの。
 子供をあやすような声と共に、背後から伸びてくる手。俺のそれと変わらないほどに白く細い腕は、見た目よりも温かく力強い。その腕をぎゅっと抱きしめる。そうすると、俺の後ろでクスリと微笑いながら、首筋に顔を埋めてくる。俺の髪を、柔らかくて気持ち言い、と呟いて。
 幻想だ。
 深呼吸をし、いつの間にか閉じていた眼を開けた。感じていた温もりは、目の前にあるヒーターから伝わってくるものであって、俺の背にあるのものではない。当たり前のようにそこにあった温もりは、もう、存在していない。
「不二」
 呟いた名前が、白い息となり舞い上がる。けれどそれは、すぐに消えてしまった。もう一度、吐き出すように名前を呟く。その白もすぐさま消えてしまい、俺は深い溜息を吐いた。その白なら、ここに留まってくれているのに。
「ふじ」
 何度やっても、その名前は余韻すら残さずに消えて逝った。判りきっていた事だが、いいや、判り切っているからこそ、余計に虚しいのかもしれない。
 溜息を吐き、ベッドに身体を投げ出す。両手両足を広げ、ぼんやりと天井を見上げる。
 無防備だな。僕、襲っちゃうよ。それとも、誘ってる。
 クスクスと微笑いながら、俺の顔を覗き込んでくる。不二がするよりも先にと、俺は笑みを返すと不二の頬を掴み、口づけた。キスなんてもう慣れている筈なのに、俺からのそれに、不二はいつも嬉しそうな顔で微笑んでいた。
「どうしているかな」
 見慣れない風景に向かって呟く。晴々とした天井が哀しくて、俺は眼を閉じた。瞼の裏に浮かんでくるのは、不二の笑顔。
 何故こうなってしまったのか、俺自身よく理解らない。もしかしたら、不二も良く理解っていないのかもしれない。
 別れたいと言った俺の言葉を、表情も変えず、素直に受け取った不二。理由を訊く事はしなかった。そしてその後、何事も無かったかのように一日は終わった。別れすら変わらず、またね、微笑っていた。しかし、次の日から、全てが無くなっていた。不二からの連絡は途絶え、偶然街ですれ違っても振り返る事もなかった。まるで、俺と不二との時間自体、初めから存在しなかったかのように。
 好きだよ、幸村。
 不二の優しすぎる声が、頭の中で反響する。浮かび上がってくるのは、残酷すぎるほど綺麗な笑顔。
 胸が痛くて、気が狂いそうになる。それでも、幻影を振り払おうという気は起きない。
 そのまま身を委ねていると、不二が手を伸ばしてきた。俺をきつく抱きしめる。忘れかけていた温もりが、蘇ってくる。
 好きだよ、幸村。
「俺も。好きだよ、不二」
 声にした途端、不二の幻影は哀しい笑みを残し、暗闇の中へと吸い込まれていってしまった。
「不二っ」
 思わず、手を伸ばす。だが、眼を開けた俺の視界に入ってきたのは、怖いほどに白い天井と自分が叫んだ名前の残骸。
 点けっぱなしのヒーターのお蔭で部屋は温かくなっている筈なのに、寒さが増している気がするのは、きっと在る筈の温もりがそこに無いからなのだろう。
「不二」
 力無く、呟く。もう、その名前が白く形を作る事は無い。
「っ馬鹿」
 気が付くと、俺の眼からは涙が溢れていた。





自分が最低だと思った瞬間。まさに今。
何故って?365題では両想いだけれども。
短編ではまだ片想いの話しか書いていないのに、別れ話を載せてしまったという。
♪冬の終わりのやけに寒いこんな日いつまでも君のこと考えてる♪ SURFACEです。

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