美しく、紅く。
 花見に行こうと誘われた。満開にはまだ二、三日かかるような気がしたが、それならまた満開になった時に今度は俺から誘えばいいだろうと思い、オーケィを出した。
 しかし生憎その日は雨だった。しとしとと静かに降るものだったから、これくらいでは桜はまだまだ散ってしまうことは無いだろうと思った。だが、今日の花見は残念ながら、中止だ。
 そう思っていたのに、不二から電話があった。これから姉の車で迎えに行くと。
 予定を変更して何処かで時間を過ごそうということなのだろうか。断る理由も無いので、俺はそこでもオーケィを出した。
 そうして連れてこられたのが。

「不二。ここは?」
「別荘の中の、僕の部屋。写真のスタジオにしたいって無理行って、こういう風に改築してもらったんだ」
 俺が踏み込んだのは、窓ひとつ無い部屋。壁も床も天井も、総てが白く塗られていて、他の色といえばドアのすぐ隣にある三脚などの撮影道具だけだった。
「さあ、花見をしようか」
「え?」
 すぐ耳元で聞こえた不二の声。驚いて振り返った瞬間に、腕に痛みが走った。カシャンと重い音が部屋に響く。見下ろすと真っ白く塗られた手枷が、俺の両手に嵌められていた。
「不二。これは?」
「だから、花見。幸村には、綺麗な桜になってもらおうと思って」
 吸い込まれそうなほどに青い眼で俺を見つめると、不二は枷から伸びた鎖を引き、俺をドアとは反対側の壁まで引き連れていった。
 鎖をその壁の上部から垂れ下がっているもう一つの鎖に繋ぎ、俺から離れる。不二のしていることの意味が分からずただ呆然としていると、不二は左の壁につけられていた二つのスイッチのうち、上に在る緑色をした方を押した。低いモーター音と、鎖のすれる音が響き、俺の腕が徐々に上に引き上げられていく。
「おい、不二っ。これはどういう」
「桜は、動かないからね」
 つま先が何とか床に着くくらいまで腕を引き上げられ、俺の肩は軋んだ。痛みに悲鳴を上げたくなったが、そんなことをしたら恐らく今の不二では喜ぶだけだろうと思い、我慢をした。
「いい表情だね。やっぱり綺麗な人の苦痛に歪む顔はいいよ」
 だが、俺の努力はどうやら無駄だったようだ。
 俺の前に立った不二は、久しぶりにサドっ気たっぷりの笑みを見せた。俺だって決してマゾだというわけではなく、寧ろ部員達の前ではサドで通っているはずなのに、不二のそんな顔に、悔しいけれど体が熱を覚えた。
 不二の前では恐らく、誰しもがマゾにさせられてしまうのかもしれない。なんとなく、そう風に思う。
「精市」
 事を始める前の呼び方。不二は俺のシャツのボタンをゆっくりと外すと、背伸びをして俺の鎖骨に噛み付いた。身長差がそこまであるわけではないが、俺が爪先立ちになっている今、不二が背伸びをしたところで俺の唇に触れることは不可能だった。
「っ」
 そんなことを考えていると、鎖骨を強く噛まれた。その後で、きつく吸い上げてくる。そこから更に肌蹴させた胸は腹へと唇を落としていき、その都度不二は俺の肌に紅い後を残した。
「もしかして、これが花見だっていうのかな?」
「精市は肌の色白いから、キスマークもよく映えるよね。でも。やっぱりこれじゃ違うんだ」
 不二の愛撫に上がる息を隠すために、つい呆れたような口調になる。しかし不二はそれを気にする素振りも見せずに言うと、俺から離れた。ドアの隣に置かれた三脚に、持ってきたカメラをセットし、長めのレリーズを取り付ける。それと、もっていていたバッグから、銀色に光るものを取り出していた。
「ふ、じ?」
「精市。前に君が話してくれたよね。桜は本当は真っ白で。その花びらが薄紅に色づくのは、根元に埋まっている死体の血を吸っているからなんだって」
 俺の前に立ち、不二がナイフの切っ先を俺に向ける。まさかとは思ったが、サディストな面が支配している今、きっと、冗談ではすまないだろう。俺は、不二に、殺される。
「そんな。怖がらないでよ。幸村が言ったんだよ? 桜は、血液を吸うから綺麗な薄紅をつけるって。ねぇ。ちゃんと僕の話、理解できてる?」
 僕が桜なんじゃない。君が桜なんだよ。
 頭に直接響いてくるような声。不二は俺に向けた切っ先の方向を帰ると、捲り上げた自分の腕に当てた。ス、と軽く引いたように見えたのに、その後からはじわりと血が滲み、一度溢れたらもうとめどなかった。
「不二っ、何してるんだ!」
「だから。花見だよ。君が桜の役で、僕が死体の役」
 腕を伝い、指先から血液が滴となって落ちていく。白かった床に色がつく。不二はその腕を持ち上げると、俺の前で斜めに振り上げた。指先から散った滴が、俺の体にかかる。
「やっぱり。精市の肌には紅が映えるね」
 そうやって何度か俺の体に滴を飛ばすと、不二は用意していたカメラで俺の写真を何枚か撮った。そのあとで、また俺の前に戻ってきては何度か滴を飛ばす。
 そんなことを繰り返しているうちに、傷口の血液が固まってきたのか、不二の腕から流れるものの量は減っていった。
 もうこれで終わるだろう。腕を振っても振っても大して飛び散らない血液に不満の色を見せた不二に、俺は内心で安堵の溜息をついた。が、不二はそんな俺の心を読み取ったのか、じっと俺の目を見つめた後で、不敵に笑った。
 傷口を、右手で強くなぞり、その手のひらにベッタリと紅をつける。
「不二?」
「まだ、これじゃ五分咲きくらいだからさ」
 クスクスと笑いながら、不二はその右手で俺の肌に触れた。愛撫をするように俺の肌をなで、色をつけていく。
 狂ってる。それは不二が血を見せた時から思っていたけれど、その言葉は今は俺自身に対しての言葉だった。ぬるりとした感触。狂喜を含んだ不二の表情。それが次第に、俺を興奮させていく。
「ふ、じ」
「息、上がってるね。感じた? 植物にも、性感帯ってあるのかな」
 クスクスと笑いながら、不二は俺の下半身にも触れてきた。ベルトを解き、前を寛げる。
「可笑しいな。ここは、僕の血を吸ってないはずなのに」
 紅くそそり立っている俺のそれを見て、不二は可笑しそうに笑った。左手に残った血を擦りつけ、ぬめる右手ですりあげる。その感覚につま先では立っていられず、体重を受けた俺の肩は思い切り軋んだ。
「うっ、あ……」
「もう少し、待って。もう少しで、完成するから」
 いきそうになる瞬間で不二は手を離すと、またカメラの元へと戻ってしまった。三脚を移動させ、あらゆる角度から俺を撮影する。こんなもの、現像に出したところで弾かれてしまうだろうと思ったが、よく観るとそれはデジタル一眼レフだった。
 静かな部屋に、大袈裟なほどに響くシャッター音。不二が俺に触れなくなってそれなりの時間が経つのに、それでも俺の熱は静まることは無かった。ファインダー越しでも分かる、獲物を狙うような、不二の視線が。俺の情を煽り続ける。
「もう、いいだろ? 写真は。不二は、俺と、その先に進みたくは無いのか?」
「先に進みたくなかったら、こんな風にはなってないよ」
 俺の言葉にファインダーから顔を上げた不二は、ファスナーを下ろして扱かれた俺のものと同じ状態になっているそれを見せた。
「だったら……」
「そうだね。もう、充分写真は撮ったし。精市が花見をしなくていいっていうのなら」
「俺の花見は、本物の桜が満開になった時でいい。俺は、一人じゃなく、不二と二人で花見がしたいんだ」
「そう。僕は、少し。君の血を浴びてみたかった気もするんだけどね」
 言葉の内容とは裏腹に、大して気にも留めていないような口調で言うと、不二は俺を釣り上げたときに押したボタンの下にある赤い色をしたボタンを押した。モーター音と共に、鎖が緩められる。
「ここ、下に敷くもの、何も無いけど?」
「俺が上に乗るから。どうせその腕じゃ、俺の体支えられないだろ?」
 手枷を外された俺は、飛び込むように不二を抱きしめて言うと、そのまま血黙りの中に倒れこんだ。背中を打ちつけたのか、不二が顔を歪める。
「……本当だ」
「何?」
「綺麗な人の苦痛に歪むか追って、いいもんなんだね」
 不二が今日何度か見せた笑みを真似してそう言ってみる。けれどそれは不二に畏怖を与えるどころか、逆に燃え上がらせてしまったようで。
「分かってくれたのなら。今日は思う存分、その顔を見せてもらうとするかな」
 今日見たどの笑顔よりもサディスティックなそれを見せると、不二は早速、中途半端に放置されていたままになっていた俺のそこを紅い手で強く掴んだ。




幸村には赤が似合うと思う。
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