ちょこれいと


「クソさみーな」
 夕暮れの公園。亜久津がそのベンチに座ってから、ゆうに1時間は経つ。手には小さな箱。亜久津は人を待っていた。約束はしていない。けれど、会えるという確信はある。学校帰りの近道だと、いつだったか言っていた。
 亜久津は箱を隣に置くと、煙草を取り出した。以前、注意を受けてから、奴の前では絶対に吸うまいと決めていた煙草。現に、この公園に来てから、一度も吸っていない。だが。
「限界なんだよ」
 誰にでもなく呟くと、煙草を口にくわえた。ライターを捜す。
 もともと待つことが苦手なのに、その上、煙草まで禁じているのだから、亜久津は相当な苛立ちを感じていた。未だ来ない人間に対して。自分勝手な想いだと解かっていても。
 自分が煙草を吸っている所を見られたくない。が、このまま、苛立ったままで奴と会う事だけは避けなければならない。また、心にも無い最低な事を言ってしまう虞がある。
 仕方ねぇ。仕方ねぇんだよ。
 自分に言い聞かせるように心の中で呟くと、煙草に火を点けた。思いっきり吸い込む。
 ――亜久津、煙草は駄目だよ。
 どこからか声が聞こえた気がして。阿久津は舌打ちをすると、まだ長いままの煙草を足で揉み消した。
「亜久津。駄目だよ、こんな所に捨てちゃ」
 今度は、錯覚ではない声。亜久津は慌てて顔を上げた。そこに立っていたのは、紛れもなく、亜久津の待ち人だった。
「河村…」
 名を呼ばれると、河村は困ったように微笑った。亜久津の前にしゃがみ込む。
「足、退けて。おれ、捨ててくるから」
 言うと、亜久津が足を退けるよりも先に、河村は自分で亜久津の足を動かした。吸殻を掴み、すぐ傍にあった灰皿へと捨てる。
「どうしたんだい?こんな所で」
 亜久津の隣に座ると、河村は言った。
「別に」
 お前を待ってたんだよ、と言う言葉は飲み込む。とはいえ、こんな所で会うはずのない奴がいるわけだから、河村も少しは気づいているかもしれない。亜久津が自分を待っていたということに。だが、それよりも、亜久津は煙草を吸っていたのを見られた事の方が気がかりだった。
「ああ。そうだ」
 思い出したように言うと、河村は自分の鞄をあさりだした。
「はい。これ」
 そう言って渡したのは、小さな箱。
「……何だ?」
「んとね。優紀ちゃんから。会ったら渡しといてって言われた。バレンタインのチョコだって。でも、何でおれに頼んだんだろ。亜久津、もしかして家に帰ってないのかい?」
「んなわけねぇだろ」
 家にはちゃんと帰っている。お前が優紀を心配させるなと言ったから。
 河村から顔をそらせ溜息を吐くと、亜久津はビリビリと包装を破いた。その顔は、微かに紅い。
 あの莫迦。余計な真似をしやがって…。
 チャンスを作ってやったぞ、と哂う優紀の顔が、亜久津の頭を掠めた。
「亜久津、そんなに雑に開けちゃ…」
 乱雑に開けた箱の中に在ったのは、チョコなどではなく。
「何、これ?」
 河村がそれを手にとってじっと見つめる。
「携帯用の灰皿だよ」
 ぶっきらぼうに言うと、亜久津は河村の手のものを取り上げ、自分の鞄の中に押し込んだ。
 チャンスを作ってくれたのは嬉しいが、これじゃ、オレが日常煙草吸ってんのがバレバレじゃねぇのよ。
「亜久津。もしかして、いつも煙草吸ってんの?」
 ほら、来た。
「もう、おれ、とやかく言わないけどさ。やっぱり、体には良くないから。吸い過ぎだけは気をつけてくれよ」
 亜久津の予想に反して、河村は優しい…というより、心配そうな口調で言った。見つめる亜久津に、あとポイ捨ても駄目だよ、と付け加える。
「……怒らねぇんだな」
「だって、おれが言ったってどうせ聞かないだろ?」
「………そんな事も、ねぇんだがな」
 そんな風に言われたら、今までのオレ様の努力が無駄になるだろうが。
「え?何?」
「んでもねぇよ。いちいち五月蝿ぇんだよ、おめぇはよ」
「……あ。」
 亜久津の言い方が強かったわけではないのだが。河村は、ごめん、と呟くとそのまま口篭もった。
 気まずい空気が流れる。
 いつもそうだ。こいつは脅してる時には全然平気な顔しやがるのに、何気ない言葉にすぐに謝りやがる。……こんな筈じゃ、なかったんだがな。
 亜久津は小さく舌打ちすると、箱を手にとり、立ち上がった。
「あ、亜久津?」
 見上げる河村に、小さな箱を差し出す。
「何?」
「おめぇにやる。受け取れ」
「…う、うん。」
 戸惑いながらも箱を受け取ると、河村は丁寧に包装紙をはがした。現れたのは…
「これって…」
「チョコだよ。どうせおめぇは学校で1個も貰えなかったんだろ?」
 見上げる河村に、亜久津は微笑って言った。心の動揺を悟られないように。
「え、あ…うん。でも、これってどういう意味…」
「意味なんかねぇよ。さっき貰ったんだよ。知らねぇ女から。気色悪ぃからおめぇにやろうと思ってよ」
 我ながら苦し紛れのいいわけだと思った。が、河村の方は、そっか、と呟くとあっさりと嘘を受け入れた。もう少し疑ってくれても良かった気もするが。まあ、それがこいつらしいといえばそれまでだ。
「あ。でも、悪いよ。折角お前が貰ったんだから、亜久津が食わなきゃ」
 言うと、河村は箱の中のチョコを1つつまんで亜久津に差し出した。
「いらねぇよ。だから、てめぇにやるつってんだろ」
 亜久津は慌てて出されたチョコを突き返す。
 冗談じゃねぇ。
「でも、だって…手作り、みたいだよ?」
 だから尚更食いたくなんかねぇんだよ。
「ねぇ、1個だけでも、さ。」
 けれど、亜久津の心情を知る由もない河村は、しつこく食べるように勧めてくる。
「…………ちっ」
 亜久津は観念したのか、小さく溜息を吐いた。
「しょうがねぇ。1個だけだぜ」
「うん。…はい」
 観念した亜久津に、河村は満足そうに頷くと、立ち上がりその口にチョコを放り込んだ。途端、掴まれる肩。重ねられる唇。
「……んっ」
 どろりと甘いものが河村の口の中へと入ってくる。驚いた河村は渾身の力を込めて亜久津を突き飛ばした。拍子に、河村が手に持っていた箱が地面へと落ちる。
「…ゲホッ。ゴホッ。…ぁくつ…。」
 気管に入ったのか、河村は激しく咳き込んだ。口元を何度も拭う。
「……そうあからさまに拭いてんじゃねぇよ」
 胸の痛みを抑え、歪んだ笑みを見せると、亜久津は制服を整えた。河村が亜久津を睨む。
「何するんだよ。亜久津っ」
「おめぇが食えっつぅからよ。オレが食ってからなら文句ねぇだろ?」
 莫迦だ、オレは。
 咳き込んだ所為なのか、河村の眼が潤んでいる。その眼に、亜久津はもう一度歪んだ笑みを見せると、ベンチに置き去りにされていた自分の鞄をとり、河村の来た方へと歩き出した。
「っ亜久津!」
 背後で河村の呼ぶ声がしたが、亜久津は振り返らなかった。胸を抑える。この痛みが、河村に突き飛ばされた時のものなのか、その奥から響いてくるものなのか。亜久津には区別がつかなかった。けれど、確実に感じる痛みが自分の失態を非道く悟らせている。
「……っ莫迦が」
 呟くと、亜久津は近くにあったゴミ箱に握りつぶした煙草を箱ごと投げ捨てた。

「……亜久津。」
 力無くベンチに座った河村は、去り際に亜久津が一瞬見せた哀しげな笑みを思い出していた。
「何で、あんな顔したんだろ。何で…あんな事…」
 呟くと、思い出したように河村は地面を見た。そこには、河村が先ほど落としたチョコの入った箱。慌ててそれを拾い上げ、中を覗く。
「中身は…良かった。無事みたいだ」
 安堵の溜息を吐く。と、その箱の隅に添えられていたカードが目に入った。おそるおそる手にとってみる。
 そこには、小さく一言『好きだ。』と書かれていた。
 それを見た河村は、なんだか自分が情けなくなった。と同時に、亜久津を追いかけなければならないと思った。追いかけて、会って、何をすればいいのか解からないけれど。
 何故なら、カードに書かれていた文字は紛れもなく亜久津の文字で――。





だから、亜久津の口調が微妙だってバ(笑)
まったくもって。よくよく考えると気持ちの悪い(?)モノを書いてしまったと、大喜びDEATH。
はーい、皆さん。お気づきですか?あれは手作りのチョコなのです。そしてカードにはあっくんの文字が…。
さあ、想像してみましょう!キッチンでエプロンをして(あっくんは良い子なので)チョコをつくっているあっくんの姿を。可愛いでスねv
ちなみに、包装だけは優紀ちゃんが担当しております。いや〜、なんて理解のある母親。彼女、結構好きなんですよ、アタシ。
つぅわけで。バレンタイン話でした。

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