平行線に境界線。
 その2つの線が、ずっと俺を悩ましている。
 言いたい放題言ってきて、やりたい放題やってきた。
 だが、そいつに限っては、何も言えない。何も出来ない。
 だから、いつまで経っても俺とそいつの距離は平行線。
 だから、いつまで経っても境界線を越えられない。
 ……情けねぇ。

「亜久津は高校、どこに行くんだい?」
 河村の部屋の小さな卓袱台を挟んで向かい合う。1時間のタイマーを止めると、河村はペンを置き、訊いてきた。
「さぁな」
 投げやりに答え、寝そべる。視界から外れる瞬間の河村の顔には、憂いが見てとれた。
 ったく。人の心配よりてめぇの心配をしろってんだよ。
「そういうお前ぇはどこ行くよ?」
 煙草と携帯用の灰皿を取り出す。1時間勉強して15分休む。勉強に対する集中力のない俺に合わせた勉強方。そして、この休憩時間だけ、煙草を吸うことを許されている。こいつの前だからずっと我慢していようとも思っていたが、そうするとただでさえ足りない集中力がもっと散漫になり余計に迷惑をかけることになることを俺は学習した。
「亜久津、寝ながら吸っちゃ駄目だよ」
「あんだよ、ちゃんと起きてるだろーが」
「屁理屈こねるなよ。ほら、窓開けたから。こっちで吸ってくれよ」
「うるせぇな。優紀みたいなこというんじゃねぇよ。ったく」
 ぶつぶつと文句をたれながらも、俺は河村の開けてくれた窓の側へと行った。煙草に火を点ける。
 ここの所、河村は優紀とちょくちょく会っているらしい。優紀は、俺のことが心配なんだとかなんだとかで、河村に逐一俺の様子を報告させているようだ。まあ、そんなことは口実にしか過ぎなくて。優紀のことだ。大方、俺が河村に何かしていないかどうかを探るというのが本当のところだろう。最近、行き遅れの娘に言うような言葉を俺に言ってくるしな。ったく。
 吸い込んだ煙を、溜息と一緒に吐き出す。
「で?お前ぇはどうよ」
「え?」
「だから、お前ぇはどこの高校に行くんだって訊いてんだよ」
「ああ…多分、青学かなぁ」
「多分だぁ?」
 人には早く進路を決めろとか言っておきながら、自分の進路はまだ決めてないのか、こいつは。ったく。お人よしというより、これじゃ、ただの馬鹿だ。
「ほら。おれ、さ。親父の跡、継がなきゃいけないだろ?そのためにはさ、修行しないといけないんだよ。だから、それを思うと、高校進学するのがちょっと躊躇われちゃってさ」
「何言ってんだ、お前ぇは。人に散々、進学しろとか言っといてよ。別に修行だって今まで普通にやってきたじゃねぇのよ」
「いやぁ…やっぱり、ちゃんと跡を継ごうとしたら今までと同じじゃ駄目なんだよな」
 はぁ、と複雑な溜息を吐く。他人のことには酷く積極的になるのに、自分のことになると消極的なんだよな、こいつは。
 進学するもしないもこいつの自由だから、俺がとやかく言う問題じゃねぇが。ここまできて、こいつが進学しなかったら俺の計画と今までの努力が全て無駄になっちまう。障害になっているのは勉強と優紀だけだと思っていた。まさか、こんなとこにも障害があるとは思ってもいなかった。読みが甘ぇな、俺も。
 勉強はこれからどうにかなる。優紀もきっと反対はしないはずだ。となると、こいつをどうにかすれば、多分、大丈夫なはずだ。
 面倒臭ぇな、ったくよ。
 名残惜しげに煙草を吸い込むと、携帯灰皿でもみ消した。ゆっくりと煙を吐き出し、気持ちを落ち着かせる。
 阿呆らしいはなしだが、この計画を打ち明けることは、告白にも似た感覚を俺にもたらしているようだ。
「俺、行きてぇ高校があるんだけどよ」
「え?本当かい?」
 俺の呟きに、少しだけ嬉しそうな顔をして河村は顔を上げた。だから、何で人のことで一喜一憂するんだか。
 俺は咳払いを1つすると、窓の外に眼をやった。秋から冬に変わろうとしている空は、5時を過ぎていないのに、もう暗い。
「で、どこに行くんだい?」
 突然、間近で声がして、俺は驚いて振り返った。すぐそこに、嬉しそうな河村の顔があった。
 気づかれないように、小さく深呼吸をする。
「お前ぇが青学行くと思ったからよ。俺も、青学行こうと思ってよ」
「え?」
「だから、ほら、あれだ。お前ぇと同じとこ行っときゃよ、勉強困っても何とかなるだろうし、優紀の奴も安心するだろうからよ」
「ああ、なるほど。優紀ちゃんこともちゃんと考えてるんだ。優しいんだね、亜久津は」
 何がなるほどだ。何を言い訳してるんだ俺は。情けねぇ。このままじゃ、きっと、いつまで経っても平行線のままだ。せめて、境界線に触れるくれぇのことはしねぇと…。
「違ぇよ、馬鹿」
「え?何?」
「ったく。いちいち面倒臭ぇな、お前ぇはよ」
「ご、ごめん」
 溜息混じりに言う俺に、河村は反射的に頭を下げた。情けねぇよ。俺も、お前も。
「河村、もうちょっとこっちこい」
「え?あ、うん」
 手招きすると、こう?と河村が顔を近づけてきた。その顎を掴み、一瞬だけ唇を重ねる。
「………亜久津?今の――」
「だからよ、俺はお前ぇと同じガッコに行きてぇだけなんだよ。解ったか?」
 恥ずかしさを隠そうとして、思わず脅すような口調になっちまった。だが、河村はそれになれてるから怯みやしねぇ。
「う、うん。それは解ったけど。今のは何で?」
「何でって、それは、だな…」
 鈍感。俺に全てを言わせる気なのか?キスした時点で気づけよ。男同士だぜ?普通は遊びなんかじゃしねぇだろーが。
「もしかして、亜久津――」
 何かに気づいたか、少し顔を赤くして、河村が口を開く。その言葉を遮るように、15分のタイマーが鳴り響いた。
「休憩、終わりみてぇだな」
「あ、うん。そうだね」
 呟いて河村は頭を振ると、タイマーを止めるために、元いた場所に戻った。俺も窓を閉め、座布団に座る。
「あ、亜久津。さっきのことだけど…」
「1時間、タイマーかけたのかよ?」
 河村の言葉を遮りようにして言う。
「え?あ、うん」
 河村は59と表示されているタイマーを俺に見せた。それを確認した俺は、ペンをとり、参考書を開く。
「じゃあ、私語は慎め」
 ぐだぐだ喋ってる余裕はねぇんだ、と河村を見ずに言う。
「……うん。ごめん」
 情けない声と、ペンを走らせる音が聞こえてきた。
 気づかれないように、小さく溜息を吐く。と。
「俺、頑張るよ。修行も、お前との高校生活も」
 呟くような河村の言葉に、ほんの少しだけど境界線に触れられた気がした。





亜久津くんの片想い。そろそろタカさんに気付いてもらわないと。
優紀ちゃんはあっくんの味方です。(ありがた迷惑)

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