ハコ


「あーあ。またこんなに汚して」
 亜久津の部屋に入ると、河村は言った。亜久津の眠っているベッドに座り、その肩を揺する。
「亜久津、起きて。もうお昼だよ」
「ん?……何だ、河村じゃねぇの。また優紀に頼まれたのか?」
 肩に置かれた河村の手を払うと、亜久津は仰向けになって呟いた。煙草を探るために手を伸ばす。
「ほら、だから。ベッドで煙草吸っちゃ駄目だっていってるだろ」
 やっとのことで煙草に触れたが、それを掴む前に河村に煙草を遠ざけられてしまった。チッと舌打ちし、身体を起こす。
「ったく。てめぇもよく毎週毎週来やがるな」
「それはこっちの台詞だよ。亜久津もよく毎週毎週部屋をここまで汚すね」
 睨みつける亜久津に河村は微笑いながら言った。その笑顔に亜久津は、うるせぇよ、と呟き、再びベッドに横になる。煙草を手に取らず変わりに本を手に取ったのを確認すると、河村はゴミ袋を広げ、床に散らばっているものを片付けはじめた。
 週に一度、河村は亜久津の母・優紀に頼まれて片付けの出来ない亜久津の為に部屋の掃除をしに来ている。
 ということに一応はなっているが、実際は違う。
 優紀が河村に部屋の掃除を頼んだのは最初の2,3回だけで、それ以外は河村が自主的に掃除をしに来ている。しかしそのことを亜久津に伝えてしまうと、余計なお世話だと言われてしまいそうだからと思い、河村は未だに優紀に頼まれているということにしていた。
 亜久津にしても、片付けが出来ないということはない。元々は見かけに寄らず綺麗好きで、そう忙しくない限りでは常に部屋は整頓されていた。優紀が河村に部屋の掃除を頼んだのは、亜久津がテニス部に所属していた時の話だ。今ならば時間に余裕があるため、部屋の掃除は充分に出来る。にも関わらずそれをしないのは、亜久津なりの考えがあってのことだ。
 綺麗にしといたら、てめぇはもう家にこなくなるじゃねぇの。
 ガサガサとゴミを袋に詰める河村の音を聴きながら、亜久津は内心溜息を付いた。けれど、それは河村も同じだった。
 この時間をもっと有効に使いたいんだけどな。
 ゴミ袋の口を縛りながら、溜息を吐く。
 河村は、亜久津が綺麗好きだということを知っていた。だから、今こうして自分が来やすくするために亜久津がわざと部屋を汚しているということに、既に気付いていた。
 こんなことしなくても、ちゃんと来るのに。
 そうは思いながらも、亜久津に自分で片付けるように言わないのは、素直じゃない亜久津を考えてのこと。素直じゃないのはお互い様ではあるのだが。
「ねぇ、亜久津。小物入れかなんかない?指輪とか、まとめてしまっておくからさ」
 床の掃除が終わり、机の掃除に取り掛かると、河村は振り向いて訊いた。
「そこらへんにあるやつ、適当に使っとけ」
「う、うん」
 にも関わらず、振り向くこと無く答える亜久津に、河村は内心溜息を吐くと掃除を再会した。
 不図、机に詰まれた本に埋もている箱に気が付く。それは先週までは置かれていなかったもので、けれど、河村にとって見覚えのあるものだった。微かな期待に、河村は急いで積まれた本を本棚へと移動させると、箱の姿を露にした。
 その箱には、幼い文字でわざとらしく『ガラクタ入れ』と書かれたシールが貼られていた。しかし、ベニヤなどで作られているため、そして年月のせいもあって、その上部が剥がれ掛けていた。箱を傷つけないように気をつけながら、シールをしっかり貼り付けるように指でなぞる。
「ふっ…」
 箱に描かれている絵。そして傷を見た河村は、蘇ってきた思い出に、思わず吹き出してしまった。
「あんだよ」
 突然聞こえて来た河村の笑い声に、亜久津が振り向く。
「亜久津。これ…」
「てめっ」
 振り返った河村が持っていた箱を目にすると、亜久津は一瞬にして顔を赤くし、そして硬直してしまった。
「まだ持っててくれたんだ」
「が、ガラクタ入れだ」
 河村が見つけたその箱は、小学校のときに河村が亜久津にあげたものだった。

 小学校の図工の時間に、河村は宝箱を作った。しかしそれは何度も釘を打ち直したせいで、酷く不恰好なものだった。それでも河村は充分に満足していたのだが。
 学校帰りに向かった空手道場。そこで偶然にも亜久津も図工の時間に作ったらしい箱を持ってきていた。その出来栄えはシンプルではあったが河村のものとは比べものにならないほど綺麗で、それを見た河村は一気に落ち込んでしまった。
「亜久津って、器用なんだね。見てよ、おれの。ボロボロだ」
 亜久津の箱と自分のそれを並べると、河村は淋しそうに言った。そのときだ。
「俺はお前のが器用だと思うけどよ」
 河村の箱を手に取ると、亜久津は言った。
「俺のはただ組み立ててニス塗っただけだ。絵を描けって言われたが、俺は絵が苦手だしよ。お前の絵……上手い。俺も寿司、食いたくなってきた」
 箱に描かれている寿司の絵を指差すと、亜久津は照れたように微笑った。それを見た河村も、同じような笑みを亜久津に返した。
「俺のと、交換しねぇか?」
 持っていた箱を置き、自分の箱を手にとると、亜久津はそれを河村に差し出した。
「え?」
「どうせ持って帰っても捨てんだろ?だったらお前のよこせ。俺のはいらねぇんだったら捨てちまっていいからよ」
 自分の箱を無理矢理河村に持たせると、亜久津は再び河村の作った箱を手に取った。呆然としている河村を余所に、釘打ちは下手なんだな、と呟きながらも、亜久津は満足そうに寿司の絵を指でなぞっていた。

「おれも、今も大切に持ってるよ。亜久津と交換した箱」
 中途半端に振り返った姿勢で未だに硬直している亜久津に、河村は言うと微笑った。その箱の蓋に手をかける。
 ガラクタ入れと書かれてはいるが、河村はそれを信用していなかった。亜久津が天邪鬼な性格だということは重々知っていたし、それに、何より自分が亜久津と交換した箱にガラクタを入れていなかったからだ。
「待て、開けんじゃね…」
 河村の様子に気付いた亜久津が、慌てて身体を起こすが、既に遅かった。
「………これ」
「が、ガラクタだ」
 箱の中身を見て顔を赤くした河村に、亜久津は頭を抱えた。
 深、と部屋が静まり返る。
 箱の中に入っていたのは、一見するとガラクタのように見えるものだった。切り取られたノートの一部だとか、小さな消しゴムだとか、何処の土産なのか分からないキーホルダーだとか。しかしそれは、今までに河村が亜久津にあげたものたちだった。亜久津は、それら全てを大切に取って置いたのだ。
「はは…」
 河村が、小さく声を上げて微笑う。
「微笑うんじゃねぇよ」
「宝物入れなんだ」
「だから、ガラクタ入れだって書いてあんだろーが」
「違うよ。亜久津から貰った箱のことだよ」
 少し赤い顔で言う亜久津に、河村は首を振ると、箱を机に置いた。取り上げた煙草と灰皿を持ち、亜久津の隣に座る。
「はい。但し、ベッドに灰を落としちゃ駄目だよ」
「うるせぇ」
 河村の手から煙草と灰皿を取り、火を点ける。深く吸って吐き出すのを確認すると、河村は言葉を続けた。
「亜久津から貰った箱ね、おれ、宝箱にしてるんだ。中身は……」
 亜久津から貰った色んなもの。
「……中身は、なんだよ」
「ううん。いいよ」
「ずりぃぞ。てめぇだけっ」
「だったら、亜久津がおれの家に来ればいいよ」
「あ?」
「来ればいいよ」
「……そう、だな」





両想いな筈なのに、いまいち踏み込めない。
奥手な二人。可愛いじゃねぇの(笑)。
365題『ガラクタ』にコメントをしてくれたヒトに捧げたい。
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