Still rain


「暫く会えないな」
 一雨来そうな空の下。部活帰り、俺はいつものように彼と並んで歩く。明日からお盆に入るので部活も休み。
「……そうっすね」
 気のせいか、少しだけ淋しそうに彼が言う。抱きしめたい、と思う。けれど、そんなことは出来る筈がない。何しろ、俺は、時々触れる手を握ることにすら躊躇っているのだから。
「海堂は俺と…」
「先輩、手。」
 俺の言葉を平気で遮り、彼が視線を落とす。その先には、微かに触れている俺の左手と彼の右手。
「あ、ああ、すまん」
 言うと、俺は慌てて手をポケットへとしまった。
「いいっすよ、別に」
 視線を前へと戻しながら、彼が言った。
 不快にさせちゃったかな。
 彼は、なかなか俺の思うようにはさせてくれない。最近、やっとのことで一緒に並んで帰ることが出来るようになったというのに。ここで彼に機嫌を損ねられては。総てが水の泡。
「なにやってんすか、先輩」
 彼の声で俺は我に返った。考え込む時の悪い癖だ。俺の歩く速度は遅くなり、気がつけば、彼との距離は2.34mも開いている。
「そんなところでもたもた歩いてたら、他の奴の通行の邪魔になりますよ」
「すまん、すまん」
 呆れた、とでも言うように、溜息を吐くと俺の前まで足早に近寄る。
「ったく」
 呟くと、ポケットにしまわれていた俺の左手を強引に握った。
「っ海堂?」
「ほら、ちゃんと歩いてくださいよ」
 俺の手を引っ張って足早に歩く。この行為が彼にとって相当恥ずかしかったのだろう。耳まで真っ赤に染めている。つられて、俺も頬が赤くなっていくのを感じ、苦笑した。こんなことくらいで幸せを感じることが出来ることが、少し、嬉しかった。

 雨音だけの家に、突然響く、インターホン。俺はパソコンをそのままに受話器を取り上げた。
「はい。」
「……先輩っすか?おれです」
 デジタル処理されているけれど、すぐにわかる声。聞きなれた声。ただ、心なしか、切羽詰った感じがする。気のせいか?
「先輩…」
 気のせいでは、無いらしい。泣き出しそうな、今にも消え入りそうな声が聞こえてくる。
「海堂?ちょっと待ってろ、今あけるから」
 言い放ち受話器を置くと、俺は大急ぎで玄関へと向かった。閉められていた鍵をあけ、扉を押しやる。目の前に現れたのは、全身ずぶ濡れで立っている、彼。
「…かい、どう?」
 走ってきたらしく、彼の肩は大きく上下に揺れていた。…涙なのか、雨なのか、汗なのか。解からないものが、彼の頬を伝っている。
「どうした?」
 彼は俺の姿を認めると安堵の笑みを浮かべた。
「先輩、おれっ…」
 そこまで言いかけて。
「っ海堂!?」
 彼はそのまま俺の方へと倒れ込んだ。

「……ん。」
「ああ、起きたか」
 体を起こし辺りを見回している彼に、俺は椅子に座ったまま言った。
「せ、先輩っ!?」
 何が起きているのか、理解出来ていないらしかった。が、暫く何かを思うように宙を見つめたあと、申し訳なさそうな顔をしてベッドから降りた。
「…すみません。なんか、突然…」
 うな垂れたまま、彼は顔を上げようとしない。俺は溜息を吐くと、立ち上がった。怒られるとでも思ったのだろうか、彼は少し、体をびくつかせる。
「海堂…いいから、座れ。」
 彼の肩に手を置き、そのままベッドの上に座らせる。
「それと、これ着てろ。そのままだと風邪をひく」
 クローゼットから出しておいた自分の服を彼の膝に乗せる。
「……スミマセン」
 呟くと、彼は服を着ようとした。その時、彼は何かに気付いたようで。戸惑いながら、俺を見つめた。
「何だ?」
「あの…おれの、服は…」
「ああ。そのままだと風邪をひくと思ってね。大丈夫。まだ何にもしてないよ」
 部屋の隅にかけてある彼の服を指差し、俺は微笑った。その言葉の意味に気付いたのか、彼は少し顔を赤らめると、また、小声で、スミマセン、と呟いた。
 なんだかずっと見ているのも変な気がして。彼が服を着ているの間。俺はパソコンに向かった。
 そろそろ、服を着終わった頃だろうか。
「で。海堂。お前は何しに来たんだ?」
 画面に向かったままで、俺は言った。
「…来ちゃ、まずかったっすか?」
 いつもとは違う、沈んだ声。本当に、今日はどうしたというのだろう?
「別に。お前が来て拙い事なんて無いよ。嬉しいかぎりさ。ただ、前もって連絡をしておいてくれれば、と思ってね」
 なるべく、彼が傷つかないような言葉を選んで言った。今更だけど、彼は彼で俺の迷惑にならないよう気を使っていたということに気付く。
「…スミマセン」
 彼の言葉に、自然と溜息が漏れる。
「今日、何回それを言った?」
「え?」
「『スミマセン』」
「……スミマセン」
 はぁ。
「海堂。俺は別に怒ってるわけじゃ…」
 言いながら振り返ると、彼は、突然、顔をあげた。
「先輩。…の、家族の方は、今日は…?」
 いきなり別の話題を持ち出されて、俺は戸惑った。が、彼の潤んだ眼が、それが何か重要なことだということを直感的に知らせる。
「……居ない、よ。今日というか、昨日から一週間くらい、かな。お盆だしね」
 こんな時に、『お盆』なんていう単語が不釣合いなような気がして、俺は苦笑した。
「おれも、居ないんすよ。家に、誰も」
 彼は俯くと、ポツリポツリと話し出した。
「でも、去年もそうだったし。別に、独りでも平気だと、思ってたんすよ。部活なんか無くったって、誰にも会わなくたって、平気だって」
 微かに、震え出した声。彼が膝の上で握っている手に、2,3滴の雫が落ちる。
「海堂、お前泣いて…」
「でも、駄目だったんすよ。今回は。夏休みに入っても、部活があれば先輩に会うことが出来たのに。部活が休みになって。そしたら、暫く先輩に会うことが出来ないって。そう思ったら。淋しくて…。おれ、独りが駄目になっちゃったみたいで。気がついたら、先輩ん家に向かって、走ってたんす。そしたら、途中で雨、降り出して。でも、とにかく、早く先輩に会いたくて。迷惑だって、思ったんですけど。それでも、やっぱり会いたくて。だからっ…」
 そこまで言うと、彼は口を閉ざした。
 まさか彼にここまで想われてるとは考えもしなくて、当然、今の彼の行動も俺の予測を超えていた。
 まいったな。こういう時、なんて言ってやったらいいのか。言葉が、浮かんでこない。
 俺は少し躊躇いながらも、彼の隣りに座った。嗚咽を殺して泣いている彼の肩に手をやり、自分の方へ引き寄せる。
 それが引き金になったのか、彼は俺に抱きつくと、声を上げて泣いた。俺はその頭を優しく撫でてやることしか出来なかった。

「…少し、落ち着いたか?」
 俺は肩にもたれかかっている彼の頭を撫でながら聞いた。
「あ、はい。…スミマセン」
 彼はそのままの状態で、眼だけをこちらに向けて答えた。今日、何度目かのその言葉に、俺は微笑った。つられて、彼も微笑う。
 少し、俺は緊張しているようだった。鼓動が速い。多分、彼が俺に触れている所為だろう、と思う。二人きりで、こんなに近い距離にいたことは、今まで、数えるくらいしかない。
「…先輩」
 突然、彼は俺から体を離した。一瞬、俺の邪な考えが読まれたのかと思ったけど、彼の顔がそうではないことを告げる。
「キス、してください」
 顔を赤らめながら、けれど、はっきりと彼は言った。逆に戸惑ったのは俺の方。
「駄目、っすか?」
 なかなか反応を示さない俺に、少し、傷ついたような顔をする。だから。俺は慌てて首を横に振った。それに安心したように彼が微笑う。俺は、その笑顔が消えないうちにと、深呼吸をして彼の両肩に手を置くと、唇を重ねた。
「…なんか、照れるっすね」
「そう、だな」
 唇を離し、額を合わせ、二人で笑った。くすぐったいような空気が、部屋を包む。

 むずがゆい空気の中、、突然、彼は俺の腕を引いて後ろへ倒れた。
「海堂?」
 気がつけば、俺が彼を押し倒したような体制。俺のシャツを着ている所為で、開けられたボタンから、肌が見える。部活で見慣れたはずなのに、妙に意識をしてしまっていることに気付く。
「……ねぇ、先輩。」
 呼ばれて、視線を彼に戻した。それを確認すると、照れくさそうに彼は微笑った。俺は胸の鼓動を抑えながら、微笑い返した。と、彼は俺の首に腕を回し、強引に引き寄せた。そのまま、耳元で思いもよらない言葉を囁く。
「今日、先輩ん家に泊まってもいいっすか?」
 驚いて見つめ返す俺に、今度は彼の方から唇を重ねた。





甘い。砂を…砂を吐いてしまう(笑)
『ゲーム』シリーズを書いているとね。ホント、報われないので。
やっぱり、この二人にはラブってて欲しいなって。
つぅか、誘い受けですけどね(爆)
お盆という言い訳がなんとなく厭ですが。皆さんはどうやって家の中を無人にしてるんでしょうね?
なんか、いい案があったら教えてください(笑)

ちなみに、タイトルは相川七瀬の曲から。
気がついたら、曲のイメージとは全く違うものになってましたけどネ(笑)



SEO [PR] 爆速!無料ブログ 無料ホームページ開設 無料ライブ放送