「……何、見てんすか」
頬杖をついてじっとこっちを見ている先輩を睨む。
「いいや。何でもないよ」
意味深な笑みを浮かべて言うと、先輩は持っていたノートに何かを書き込んだ。視線を、そのノートに移す。
「覗きとは、あまりよいとはいえない趣味だぞ」
気づいた先輩は、おれが中身を見るよりも先にノートを閉じた。
「覗きが趣味なのは先輩のほうじゃないっすか?」
先輩の隣にある、恐らく隠し撮りなんかした映像が入っているビデオを指差した。
「俺のは仕事だよ」
そういって、おれにレンズを向ける。撮られるのが嫌で、おれは慌ててレンズを手で覆った。
「なにが仕事だって?完全に趣味じゃないっすか。おれのプライベートまでいつの間にか撮っておいて」
「あれ?それは海堂も承知の上じゃなかったっけ?」
「なっ…なんでそうなるんすか」
「俺を部屋に入れるってことは、それくらいは覚悟しておいてくれないと」
ビデオを机に置き、にやりと笑う。その顔に、思いっきり舌打ちをする。
確かに、先輩を部屋に入れたのはおれだし、その先輩の趣味も承知していたわけだから、それくらいの覚悟はしておくべきだったのかも知れない。
などと、一瞬でも弱気な考えが浮かんでしまう自分が情けない。そもそも、データ収集なんて趣味が可笑しいんだ。どう考えたって、この人が悪い。ただの変態じゃないか。
「あーあ。おれ、何でこんな人好きになっちゃったんだか」
「そう、それだ」
おれの呟きに、先輩はノートを開いた。ペンを持ち、それでおれの鼻のあたりを差す。
「……なんすか?」
指差されているわけではないとはいえ、こうやってペンで差されるのも、それなりにムカつく。
おれはもう一度先輩を睨んだ。けど、先輩はおれの目をじっと見つめたまま何のリアクションもとらない。おれじゃあ、先輩は動かせないってことか?
「あのさ、海堂。お前はどうして俺を好きになったんだ?」
「なっ……」
真面目腐った言い方に、おれは絶句した。いや、その言い方よりも、その質問内容に、絶句した。なんで今更そんなこと…。
「俺のデータによると、間違っても男を好きにはならない常識人だ」
「……異性を好きになるのが常識だって言うのは、間違ってると思いますけどね」
先輩の偏見のある物言いに、おれは口を尖らせた。それを見た先輩の口元が、少しだけつりあがる。
「ほう。そんな柔軟な発言をするなんて。成長したな、海堂」
「……うるさいっすよ」
褒めてるんだかけなしてるんだか解らない口調。おれは眼をそらすと溜息を吐いた。
「そうそう。話は戻るけど」
ページをめくる音が聞こえる。
「なんで俺なんだ?」
本気で不思議そうに尋ねてくる。そんな風に言われると、まるで好きじゃいけないみたいじゃないか。
「あんたじゃないほうがよかったっすか?迷惑なんすか?だったら、帰ります」
「ち、ちょっ。そういうわけじゃなくてだな」
立ち上がるおれの手を慌てて掴み、無理やり椅子に座らせようとする。
引き止めてくれたことに、多少の安堵を覚える。けれど、それを顔に出すとこの人はすぐつけあがるから。おれは先輩の腕を解き椅子に座ると、不貞腐れ気味に言った。
「じゃあ、どういうわけっすか」
「だから、だな」
眼鏡をなおし、咳払いをする。
「俺は、自分で言うのもなんだが、テニスも大して上手くないし成績だってトップ10には入れない」
「ギリギリで、でしょう?」
「だが、そのギリギリでいつも駄目なんだ。勝負弱いのかもしれないな。それに加えて、だ。俺はお世辞にもカッコイイとは言えない」
「そうっすね。猫背だし、冴えないし、眼鏡だし、変態だし。顔で言ったら手塚部長や不二先輩や菊丸先輩のほうが断然カッコイイっすよね。あ。乾先輩なんかと比べたら先輩方に失礼か」
目線をそらしたままワンブレスで言ったのおれの言葉に、先輩は、酷いな、と呟いて苦笑した。
「手塚も眼鏡かけてるよ?」
「部長は眼ぇちゃんと見えてるっすから。それに、無駄に逆光とかしませんしね」
「……なるほどね。海堂は俺にコンタクトにして欲しいんだな?」
「そんなこと誰も言ってませんよ」
妙なところでプラス思考な先輩に、俺は溜息を吐いた。さっきの苦笑いはその顔にはもう残っていない。
「まあいいか。検討しておくよ」
「だから誰も――」
「で。そんな俺のどこが好きなんだ?」
急に真面目腐った顔になるから。
「………っ」
おれは不覚にも顔が赤くなってしまった。眼をそらす。
「なぁ。俺のどこを好きになった?」
「そんなこと急に訊かれても…。そういうあんたこそ、その、おれのどこが…」
「全部」
おれの言葉に待ってましたといわんばかりに、即答する。
全部なんて回答、嬉しいといえば嬉しいけど、なんかそれはずるい気がする。
「じゃあ、おれも全部」
だから、おれも先輩の真似をして答えたのに。
「『じゃあ』っていうのはないんじゃないのか?それに『全部』っていうのは答えになってないぞ」
思いっきり反論された。だったら、そのにやけ顔を止めろって。
「先輩だって全部っていったじゃないっすか」
「俺はいいんだよ」
「なんでおれは駄目であんたは良いんすか?」
「だって、俺、一つ一つちゃんと言えるもん」
「は?」
「海堂の好きなところ。こっちのノートに書いてあるよ。見てみる?」
あっけらかんというと、先輩はテニスバッグからノートを出した。表紙には何も書かれていない。けれど、外見はぼろぼろで、相当使い込んでるって感じがする。
「大分くたびれてるだろ?たまに読み返したりしてるからな」
「なっ…」
ぱらぱらとページをめくりにやける先輩におれは全身に鳥肌を立てた。
キモイ。この人、キモイ。筋金入りの変態だ…。
「あー。今、キモイとか思っただろ?」
寒さで硬直しているおれの眼を、光が襲った。
「いいね、その顔」
我に返り、先輩の手元を見る。そこには、最新型のデジカメ…。
「かっ、てに撮んなつってんだろっ!」
画像を消去しようと、慌ててデジカメに手を伸ばす。けど、伸ばした手は先輩に捕られ。引き寄せられたオレは、不覚にもキスをされてしまった。
「無防備になる海堂が悪いんだよ」
顔を赤くしたおれを見て、愉しそうに笑う。
「そんなんじゃ、おれ以外の誰かに襲われたって、文句は言えないぞ?」
油断するなとか無防備になるなとか。そうやって先輩はおれに色々注文をつけてくる。けど、おれにはそんなの無理なんだ。初めから。だって…。
「男のおれにそんなことするのはあんたぐらいっすよ。それに…」
「それに?」
おれがこのヒトを好きになった理由。
「あんたの傍にいると、おれは嫌でも落ち着いちまうんすよ。安らぐっつーかなんつーか」
「え?」
「とにかく、それがおれがあんたを好きな理由」
早口で言うと、おれは顔を背けた。告白をしたときと同じくらい、顔が赤くなってるのが解る。心臓の音だって、先輩に聴こえてるんじゃないかって言うくらいうるさい。
「かいど…」
「もう2度と言う気はないっすからね。忘れないうちにちゃんとメモって置いてくださいよ」
「………ああ。わかったよ」
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