「……海堂。帰らないのか?」
「今日はおれ、泊まります」
「……そ、そうか」
パソコンに表示された時間に問いかけた俺に、海堂は画面越しに返してきた。一瞬だけ眼があったが、海堂はそれだけを告げると本の中へと意識を持っていってしまった。
泊まる、と疑問でなく肯定で言った海堂の台詞が少し気になる。
いつもなら、俺が泊まっていかないか?と訊かなければ泊まってはくれないのに。しかも、その成功率も37.4%と少ない。昨日だって、一昨日だって、拒んだ。なのに、何故今日に限って…?
もう一度画面越しに海堂を見てみたが、自分の言ったことに顔を赤らめている様子も無い。
まあ、時期に分かるだろう。
溜息を吐くと、俺は再びデータの整理に取り掛かった。
「ふぅ」
「やっと、終ったみたいっすね」
溜息を吐きながらパソコンの電源を切った俺に、海堂は言った。画面越しに海堂を見ることはせず、俺はパソコンのコンセントを貫くと、椅子を回転させた。顔を上げると、直ぐ目の前に海堂の顔があった。
「か、いどう…?」
「遅いっすよ。後一分しかないじゃないっすか」
少し怒ったような口調で言うと、海堂は強引に俺の手を引き、ベッドに座らせた。手を離すかわりに、両肩を掴んでくる。
「おい、どうしたんだ?」
向かい合う。いつになく真剣な海堂の顔に、逆に俺の顔の方が赤くなってしまった。だが、よくみると、海堂は俺を見ていない。その後ろにある何かを見つめている。
あそこにあるのは、確か…。
「に、いち…」
ぜろ、と海堂の唇が形をなぞることはなく。そのかわりに、俺の唇にそれを押し付けられた。唇を離した海堂は、驚くほど真っ赤な顔をしていた。
俺が何かを言おうとするのを防ぐかのように、もう一度キスをしてくる。
海堂はそのまま俺の背に腕を回すと、自分が後ろになるようにして身体を倒した。見下ろす俺に、少し潤んだ眼で海堂が見上げる。
「おれ、頑張って考えてみたんすけど。馬鹿だから何も浮かばなくて。だから…これで、勘弁してください」
ぎこちない仕草でシャツのボタンを外すと、俺の手を取り、そこに触れさせた。掌から、海堂の胸の鼓動が伝わってくる。
いつもには無い海堂の積極的な行動に、思わず顔が緩んだのだが。その理由が未だ分からず、俺はそのまま動けないでいた。
そのことに気づいたのだろう。海堂は少しきつめに俺を見つめた。
「たった今、日付が変わったんすよ。だから今日は六月三日。あんたの誕生日」
「……ああ」
自分でも驚くほどのマヌケな声が出る。すっかり忘れていたよ、と呟く俺に、海堂は呆れたという意味の溜息を吐いてみせた。その後で、眼を逸らし、咳払いをした。もう一度、俺を見つめる。
「誕生日、おめでとうございます。…おれからのプレゼント、受け取ってくれます?」
「ああ。最高のプレゼントだよ。ありがとう、海堂」
ふ、と微笑って見せると、俺は再び真っ赤になった海堂の頬に唇を落とした。