今日は週末でも休日でもない。英語のテストはあるし、日本史は無いし。なんかろくなことなさそうな一日だけど。なんか妙に気分がいい。なんてったって、今日は俺の…。
「あ。いた、いた」
俺は遥か前方に、いつも誰よりも早くコートに出ている後ろ姿を見つけた。嬉しくって、思わず走り出す。
「おーいしっ」
バッグをそこらに投げ置くと、俺は大石に覆い被さるようにして抱きついた。少しよろけならがも、回された腕を落ちないようにしっかりと掴んでくれる。
「おはよう。英二。」
「えへへへへ。おはよっ、大石」
とりあえず、朝の頬擦り。
って。こんなことしてるから、猫みたいだって、言われちゃうんだろうな。
「どうしたんだ?今日はめずらしく早いじゃないか」
「えへへへへ。ちょっとね」
俺を背負った状態で、大石は俺がコート内に投げたバッグを拾った。土ぼこりを落とすように払うと、背中にはオレを、左手には俺のバッグを持ち、歩き始めた。
「ん?どこ行くの?大石」
「どこって…。部室に決まってるだろ?まさか、制服のまま部活するわけじゃないよな?」
言いながら、大石は笑みを見せた。そーいえば。俺も大石も制服姿だ。言われるまで忘れてたけど、俺はここに朝練をしに来てんだよな。俺は回した腕に少し力を込め、苦笑した。
「ほら。着いたぞ」
よこいっしょ、とわざとらしく声を出して、大石は俺を降ろした。ポケットを探り、部室の鍵を開ける。
「ん?そういや、まだ誰も着てないみたいだけど…」
人の気配の無い部室は少し、淋しい。
「なに言ってんだ。今日は英二が早く来すぎなんだよ。いつもこの時間なら、まだ誰も来ないよ」
「ほえー」
とりあえず、中に入ってみる。ベンチに座って辺りを見回すと、朝の白い光のせいか、いつもとは違った雰囲気がある。
「まあ、遅刻魔の英二は知らなくて当然だろうけど」
「あーっ、ひっでぇ。俺、最近は遅刻してないのにぃ」
抗議の声を上げる俺を見て、楽しそうに微笑うと、大石は隣に座った。大石の右手が俺の左手に重なる。
「でも。今日は、もう、誰も来ないよ」
突然、真顔で大石が言った。
「……え?」
何となく、何となくなんだけど、自分の顔が紅くなる。
大石は微笑すると、俺の手に重ねたまま、空いているほうの手で、自分のバッグをあさり始めた。
「今日は、本当は朝練無いんだ。他のみんなは知ってるんだけど。英二には特別、内緒にしておいた」
「な、なんでだよ。俺、もうちょっと寝てたかったのにぃ」
「そういうなよ」
ほら、と大石は細長い小さな箱を取り出した。綺麗にラッピングしてあるそれは、今日が何の日だったのかを唐突に思い出させた。
「あ……。」
「今日、英二の誕生日だろ?だから、さ」
一呼吸おく。大石は心なしか顔が紅くなってる。それを隠すように、大きく咳払いをして続けた。
「誰よりも早く英二におめでとうって言いたくって。ごめんな、嘘ついて」
少し、申し訳なさそうに大石が言った。俺は、重ねられた大石の右手を握ると、思いっきり首を横に振った。
「ううん。俺も、大石に一番最初にいって欲しいから。」
そうだ。大石に会って忘れてたけど。今日は俺の誕生日。誰よりも最初に祝って欲しくって、めずらしく早起きして部活に来たんだっけ。
安堵したのか、小さく溜息をついた大石は、俺の手を握り返すと、また咳払いをした。
「では、改めて。……誕生日、おめでとう。英二」
言って、小さな箱を俺に渡すと、微笑った。
「……ありがとう」
箱を受け取り、俺も微笑う。
なんか、改まって言われると、照れるかも。
「ね、ねぇ。この箱、開けていい?」
「ああ。いいよ」
「なんだ?これ…」
箱の中には、皮製の……首輪?
「だから、その…あれだ。英二は目を離すとすぐどっかに行っちゃうから、な。だから…」
言葉を捜し、大石の眼は宙を見てる。俺はそんな大石が可笑しくて、思わず笑ってしまった。
「何がおかしいんだよ」
「べっつにー」
笑いを抑え、箱から首輪を取り出して首にはめてみる。
「なぁ、大石。似合う?」
にゃーぉ、と猫の真似をしてみせる。
「………似合うよ」
「にゃに?その間は??」
「いやー。こうやってみると、英二ってホントに猫っぽいなって思って」
言って、猫をあやすかのように俺のノドを撫でた。
「やめてよ、おーいし。くすぐったいって…。にゃっ!?」
唐突に肩を掴まれ、引き寄せられる。触れるだけのキス。唇を離すと、大石はそのまま俺を強く抱きしめた。
「……首輪。つけたんだから、もう逃げられないからな」
|