「……英二。暑い。」
「そう?オレは暑くないよ。」
そういうことを言いたいんじゃないんだけど。
久しぶりの部活。今、手塚がこの場にいないことをいいことに、英二はおれに負ぶさるようにして抱きついている。季節は夏。この炎天下のテニスコート上で。
どうにかして、英二を身体から離そうとはするんだけど。
「いーじゃん。オレ、大石好きだから、ずっとこうしてたいのっ」
なんて、楽しそうな声で言われたら…。参るよな。
「…もうちょっとだけ、だからな」
はぁ。自分の意思の弱さに、溜息が出る。
「ねぇ、大石」
急にトーンを落とした声で英二が言った。どうしたのか、気になるけど、この状態じゃ顔色を見ることは出来ない。
「やっぱり、ちょっと暑いね」
言うと、英二はおれから身体を離した。俯くと、そのまま部室の方へと行ってしまう。
どうしたんだろう?…嫌な予感がする。
おれは部員にそのまま練習を続けるように告げると、英二の後を追って部室へと走った。
ドアを開けると、英二はおれに背を向けるようにして立っていた。
「英二。一体どうしたんだ?」
ドアを閉め、ゆっくりと近づく。けれど、英二は振り返ろうとしなかった。
「英二?」
よくみると、その肩が小刻みに震えている。…もしかして。
「泣いてるのか?」
肩を掴み、半ば強引にこちらを向かせた。英二は俯いたままで、おれを見ようとしない。泣いてるのかどうか、解からない。
おれは溜息を吐き、その肩を抱き寄せると、ポンポンと頭を軽く叩いた。子供をあやすようなやりかただが、英二には、こうするのが一番いい。
暫くそうしてると、英二の鼻をすする音が聞こえた。やはり、泣いていたらしい。
「英二。どうしたんだ?おれ、何かマズいことでもしたかな?」
少し困ったように言うと、英二はおれの肩を掴み、身体を離した。
「……おーいしは、オレのこと、嫌いなの?」
赤い目でおれを見ると、英二は言った。英二の言ってることの意味がよく解からない。
…誰が、誰を嫌いだって?
「やっぱり、嫌いなんだ」
黙っているおれを見て、英二は淋しそうに呟いた。勝手な思い込み。英二の悪い癖だ。おれはまた、溜息を吐いた。
「……おれは何も言って無いだろ?何でそう思うんだ?」
咎めるわけでもなく、極力優しい声で言った。けれど、英二は意に反して涙を溢した。
「だって…おーいし、溜息ばっかり吐いて…」
俯き、震える声で言う英二に、おれは溜息を吐いた。
「ほら」
その溜息に反応して、英二がまた拗ねる。ああ。これがいけなかったんだな。でも。
「これはおれの癖みたいなものなんだよ。それくらい、英二なら知ってるだろ?」
「知ってるっ……けど。」
「『けど』?」
「何か、オレばっかりが、大石を好きみたいで…」
言いかけると、英二はおれに抱きついてきた。言ってることとやってることが無茶苦茶だな、とおれは苦笑した。まあ、それが英二らしいといえば英二らしいんだけど。
おれは、また英二の頭を軽く叩くと、その肩を掴み、身体から離した。赤くなってしまった英二の眼を見つめ、一度だけ、深呼吸をする。
「好きだよ。英二」
言って、英二の唇に自分のそれを押し当てた。
驚いておれを見る英二に、照れ笑いを見せる。
「……これじゃ、駄目、かな?」
顔色を窺うようにして訊くおれに、英二は思い切り首を横に振ると、やっと、笑顔を見せてくれた。
「ううん。すっごく嬉しい。ありがと、大石」
言って抱きつくと、今度は英二の方から唇を重ねてきた。嬉しいような、恥ずかしいような。何とも言えない、くすぐったい気持ち。
英二も同じように感じたらしく、唇を離したおれたちは、見詰め合うと、二人して照れ笑いを浮かべた。
英二の肩を掴む。
「なぁ、英二。このまま、部活サボっちゃおうか?」