悔しい。何であのヤローが笑顔を向ける相手がオレじゃねぇんだって。
そんなに楽しそうに微笑うなよ。くそっ。
籠の外にいるのはオレなのに。何も出来ないなんて…。
もうちっと、素直になれば、アイツも気づいてくれんのかな?
「お疲れ、おつかれーっ」
タオルを持ち、わざとらしいくらいに明るい声を出す。
「ふん」
負ければいつも悔しがるのに。今回はそうでもねぇらしい。大抵はつき返されるタオルを、ヤツはオレの手からちゃんと受け取ってくれた。それが嬉しくて。ホントなら、抱きしめてやりてぇところだけど。そんな事したら、ぜってぇ嫌われる。…いや、もう嫌われてるか。
「惜しかったな」
それだけを言って、肩を叩いた。触れられることを極端に嫌うヤツはオレの手を、ウザそうにはらった。背後で、嘲笑うような声が聞こえる。
「海堂。疲れてるだろうが、向こうでストレッチするぞ。今のうちにやっておかないとあとが辛いからな」
オレの後ろから出てきた、筋肉質な腕。オレが触れたのと同じ場所を、わざと掴む。
「……乾先輩」
「応援、よろしくな、桃」
見上げるオレに、勝った、とでも言うように、ニヤリと笑って見せた。怒りと、悔しさと。
「わ、解かってますって。任せてくださいよ!」
オレは湧き上がるマイナスの感情を全て押し込めると、目の前で拳を作って見せた。先輩は小さく頷くと、ヤツに腕を回し、そのまま何処かへと消えて行った。
…嗚呼。情けねぇな。情けねぇよ。こんなんだから。
「桃先輩。ファイトっスよ」
越前にまで馬鹿にされるんだ。
「桃って、結構奥手なんだね。もっと積極的になってみたら?」
不二先輩まで…。
「…不二先輩は積極的すぎっスよ。重いっスから、いい加減、離れてくれないっスか?」
「ダーメ。」
優しい笑みを見せると、不二先輩は越前を抱きしめている腕に力を込めた。先輩は覆い被さるようにして越前に抱きついている。重いと迷惑そうに唸る越前だが、その顔は、まんざらでもなさそうだ。
チクショウ。幸せそうにしやがって。羨ましいじゃねぇか。
オレは溜息を吐くと、階段を上り始めた。このままこいつらの傍にいたら、頭、可笑しくなっちまうってーの。
「…桃先輩、どこ行くんすか?試合、そろそろ始まりますよ?」
「オレ、ちょっと顔でも洗ってくっからよ。応援、よろしくな」
「ち、ちょっと…桃先輩!?」
「いーの、いーの。桃、頑張ってね」
「………。」
オレは後ろ手で手を振ると、さっさとコートから離れた。
…それにしても、不二先輩の読みの深さには感服する。って、オレが解かりやすいんじゃないよな?
とりあえずオレは2本のジュースを買った。アイツを捜して会場内をフラフラと歩き回る。
「海堂、海堂はーっと…。あ。」
居た。
乾先輩と何やら親しげに話している。
……何か、やたらと楽しそうだな。
「惜しかったな」
「負けは負けですよ。でも、次は勝ちますからね」
「…それは、ダブルスでって事か?」
「…………当たり前じゃないですか。そんな解かりきった事、聞かないでくださいよ」
………何なんだ。この光景は。
思わず、自分の目を疑いたくなる。あの海堂が、こんなに素直に、笑顔まで見せて人と話してるだなんて。
これもやっぱり、乾先輩のお蔭ってやつなのか?
くそっ。
オレは二人に近づくと、大きく息を吸い込んだ。
「あーっ、居た、居た」
「…桃。」
「……てめっ、何しにきやがった!?」
……何も、そんなに敵意を剥き出しにすることねぇだろ。
「何しにって…ノド渇いてるだろうと思ってよ。ほれ」
引きつる顔を無理やり笑顔にして、オレは二人にジュースを手放した。
「…悪いな。ほら、海堂も」
「……さ、サンキュ」
「いえいえ。残念賞って事で。お代はちゃーんと後で貰いに来ますからっ」
「てめぇ。金取んのかよ!」
「当ったり前だろ。オレがお前に奢るわけねぇっつーの」
嗚呼。何やってんだろ。もっと素直になりゃいいのに。
「ほら、海堂、落ち着けよ。お前の分もオレが払ってやるから。な?」
「………っす。」
「………。」
はぁ。
「桃?どうした?」
「いえ、何でもないっす。あ。試合始まってるみたいなんで、オレ、もう戻りますから。乾先輩も、なるべく早く戻って来て下さいね。」
オレは早口で言うと、足早にその場を去った。後ろで乾先輩が何か言ったような気がしたけど、よく聞き取れなかった。
…何か。来るんじゃなかったかな。
二人の世界ってもんをむざむざと見せ付けられたみてーだ。
海堂が、あんなに素直になるなんて。
ったく。世の中ってやつはうまくいかねぇな。いかねぇよ。
「ま、くよくよしててもしょうがねぇ。乾先輩は乾先輩。オレはオレ。」
来年は、もう、先輩たちは居ねーんだ。チャンスはまだある。
…これからは、もうちっと素直になってみっかな。