一週間に一度、俺は寿司を食べる。それは河村の作ったもので、一週間の修業の成果を見るためのものだ。河村が作ったものとは言え、寿司は寿司だ。半額にはなってるが、金を払わなければならねぇ。第一、これは河村に頼まれたことじゃなく、俺が仕方ねぇから食いに行ってやると言い出したことだ。金を払うことに不満はねぇし、それが当たり前だと思ってる。
だが今日は。いつものように河村の作った寿司を食べ、勘定を済ませようとしたら、お代はいらないと言われた。わけが分からなかったが、いらないから、ともう一度言うと河村はとっとと奥へと消えちまった。仕方ねぇから、俺は親父さんに挨拶を済ませ、外に出た。
渡したいものがあったが、親父さんに渡してもらうのも嫌だったし、だからといってわざわざ河村を呼んでもらうほどのものでもなかったから、それは来週渡すことにした。
が。暖簾をくぐり、顔を上げると、そこには少しだけ顔を赤くした河村が立っていた。どうやら、裏口から回ったらしい。
「はい、亜久津。これ」
目が合った俺に照れくさそうに笑うと、河村は持っていた箱を差し出した。
「んだよ?」
「中で渡しても良かったんだけど。ほら、寿司屋にケーキって、なんか食欲なくすだろ?だから。はい」
意味不明の言葉を並べると、河村は俺の手を取り、しっかりとその箱を持たせた。
「初めて寿司以外のもの作ったよ。余り自信がないけど」
「だから、何なんだよ、さっきから。意味不明なことばっかり言ってんじゃねぇよ」
「意味不明じゃないよ。だって今日、亜久津の誕生日だろ。だから、ケーキ」
凄む俺に怯むことなく微笑うと、河村は言った。その言葉に、思考を巡らせる。
そういや、優紀が今日は特別な日だから早く帰ってくるだとかなんだとか言ってた気がするようなしねぇような…。
「全く。おれの誕生日は覚えてたのに、自分の誕生日は忘れるなんて。変だよ」
微笑いながら自分の左耳を弾く河村に、うるせぇよ、と呟く。河村の耳には、さっきまでは外されていたピアスがあった。それは、去年の河村の誕生日に、俺がくれてやったもので、俺の左耳にもあるものだ。
「親父がうるさくてさ。カウンタに居る間はつけるなって。でもこれでも柔らかくなったんだよ。最初はピアスあけること自体、反対だったんだから」
この調子でいけば、来年にはカウンタに居るときもピアスしてられるようになるかもしれないな。ピアスを大切そうに撫でながら、楽しげに言いやがるから、俺の顔は無駄に赤くなった。咳払いをして、それを吹き飛ばす。
「ったく。馬鹿じゃねぇのか?似合わねぇんだよ、おめぇにピアスなんてよ」
「だってこれ、亜久津がくれたんじゃ…」
「ほらよ」
河村の言葉を半ば遮るようにして言うと、俺はその胸にポケットに入れておいたものを押し当てた。
「何?」
「身につけるなら、てめぇにはこっちの方が似合ってる」
片手で、無理矢理河村の手にそれを乗せる。わけが分からないといった風な顔をしながらも、河村はそれを受け取った。
「手拭い?河村寿司って書いてある、けど。これ、うちのじゃないよね?こんなデザイン、見たこと…」
「なくて当たり前だ。それは、俺がデザインしたんだからよ」
「え?」
「だから、俺がデザインしたんだつってんだよ。餞別だ。それつけて、明日から頑張ってみろ」
「亜久津。ありがとう」
顔を真っ赤にし、嬉しそうに頷くと、河村はしていた手拭いを解いた。俺のやったそれを大きめにたたみ、頭に巻く。
「どう?似合う?」
「……ピアスよりはな」
言って、その手拭いの上から小突く。河村は、痛いな、と額を押さえたが、それでもその顔は相変わらず嬉しそうだった。その顔に、何故か頬が熱くなる。
「でも、悪いね。亜久津の誕生日なのに、俺が貰っちゃって」
「餞別だつっただろ。それに、寿司とこいつの二つもプレゼント貰ったしよ」
持っていた箱を掲げ、まだ赤いだろう顔のまま、微笑ってみせる。
「そっか。そうだな」
俺の言葉に納得したように頷くと、河村はもう一度、誕生日おめでとう、と言い、そして微笑った。